その他

green boots

author作者:にょすけ

すべての創作者と、すべての表現者へ。

配役
002
予想時間20
文字数7896 文字

登場人物

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メイヴ
ウィンストン
本編
ウィンストンその本も、要らないのかい。
メイヴああ、もう必要ない。
ウィンストンなら貰ってもいいかい?国立劇団の演技指南書だなんて、中々お目にかかれるもんじゃない。
メイヴ好きにしたらいいさ。
ウィンストンじゃあ、ありがたく。
メイヴ明日の朝イチの飛行機で、帰るよ。
ウィンストン明日かあ。
メイヴああ、明日だ。
ウィンストン寂しくなるなあ。
メイヴそう?
ウィンストンそうだよ。
メイヴすぐに慣れるさ。
ウィンストン慣れたくないよ、そんなの。
メイヴまあ、それもそうか。
ウィンストンそれにしても急だよ、メイヴ。
メイヴ……悪いね、我儘(わがまま)を通してしまって。
ウィンストンいや、それはいいんだけどさ。
メイヴでも、大変だろ?すぐにルームシェアの相手を見付けるのは。
ウィンストンいやそれはなんとかなるよ。
ウィンストンほら、友達多いからさ。
メイヴ羨ましい限りだよ、ウィンストン。
ウィンストンまあ、それだけが取り柄みたいなところもあるから。
メイヴ……羨ましいよ。
ウィンストン……なんか、あったの?メイヴ。
メイヴ……いいや?なんもない、なんもないよ。
ウィンストン嘘だよ。なんもない人間が、そう簡単に国立劇団を辞めて国に帰ろうとするかい?
メイヴ……なんもないから、帰るんだよ。
ウィンストンどういう事?
メイヴそのままの意味さ。
ウィンストン君に「なんもない」って?そんな馬鹿な。
ウィンストンホリベス芸術大学の首席だよ?
メイヴそう思ってたさ。
ウィンストン君の演じた「レ・ミゼラブル」も「ロミオとジュリエット」も
ウィンストンどの教授も大絶賛だったじゃないか。
メイヴああ、そうだった。
ウィンストンそれで、「なんもない」って?
ウィンストン勘弁してよ、メイヴ。
メイヴでも、それはあくまで「学生の中で」の話なんだよ、ウィンストン。
ウィンストン……どういうこと?
メイヴごまんといるのさ、「ホリベス芸術大学首席のメイヴ」なんて。
ウィンストン……メイヴ?
メイヴ降ろされたんだよ、主役から。
ウィンストンお、降ろされたって……
メイヴああ、来月公演予定だった「マクベス」だよ。
ウィンストンら、来月だよ!?そんな、このタイミングで主役変更!?
メイヴああ、笑えるだろ?
ウィンストンあ、余りにもだよそれは。
ウィンストン一体何をしたんだい、メイヴ。
メイヴなにも?
ウィンストンなにもって、なにか問題でも起こさないとそんな事にはならないだろう?
メイヴウィンストン。
ウィンストンな、なに?
メイヴ君は、画家だな?
ウィンストンそ、そう、だけど。
メイヴいま、どんな絵を描いてるんだ?
ウィンストンきゅ、急になに?どうしたの?
メイヴどんな、絵を描いてるんだ?
ウィンストン……シュルレアリスム。
ウィンストン抽象画ってやつだよ。
メイヴへえ、抽象画か。
メイヴ画家には詳しくないけど、所謂(いわゆる)あれだろう?
メイヴダリや、デ・キリコ、ベーコン。
ウィンストンそうそう。そういった類(たぐい)だね。
メイヴ完全にオリジナルなのかい?
ウィンストンオリジナル……?当然だろう?
メイヴちょっと見せてくれよ。
ウィンストンそれは、構わないけど……まだ完成していないよ?
メイヴいいさ、今、見たいんだ。
ウィンストンんー……これ、だけど。
メイヴへえ。ホワイトが強く印象に残るな。
ウィンストンそう!そうなんだ。
ウィンストンエベレストの積雪(せきせつ)をモチーフにしていてね、その白い山脈の中に時間という概念が無数に存在していて
ウィンストンその時間に触れる事で登山家達は少しずつ感動を加速させたり
ウィンストンはたまた頂上への道を憂(うれ)いたりする。
メイヴ……。
ウィンストンそんな、四次元的な要素を表現してみたんだ。
メイヴへえ……。
ウィンストンこの時計の針が山にもたれている所とか、すごいこだわったんだ。見てよ、ほら、よくかけてるだろ?
メイヴサルバドール・ダリだ。
ウィンストン……え?
メイヴサルバドール・ダリだよ。
ウィンストン……何がだい?
メイヴその絵の構図さ。
ウィンストンメイヴ。
メイヴあまり絵画に詳しくなくてもわかる。
メイヴサルバドール・ダリの「記憶の固執(きおくのこしつ)」の構図そのものだ。
ウィンストン……メイヴ。
メイヴそれこそ、様々な時計というイメージが正しく(まさしく)ダリのそれだ。
メイヴごつごつとしたクレウス岬と、カマンベールチーズのように溶ける時計との対比が初期のダリの思想を彷彿(ほうふつ)とさせる。
ウィンストンメイヴ!!!
メイヴどんな気分だった?
ウィンストン君と友人でいることを恥じるくらいには最低の気分だよ!
ウィンストンなんだい?故郷に帰る前にそうやって馬鹿にするために
ウィンストン絵を見せろなんて言ったのかい?
ウィンストンだとしたら君は相当な厄介者だぞ!
メイヴそうだよね。
ウィンストンそうだ!
メイヴ同じさ。
ウィンストンそう、同じだ!……って、え?
メイヴ「あの俳優の演技を踏襲(とうしゅう)しすぎている」
メイヴ「新鮮味がない」
メイヴ「どこかで見たような演技だ」
ウィンストン……メイヴ、それって。
メイヴそうして、「マクベス」は去年入団してきた現役高校生が演じる事になった。
ウィンストン……メイヴ。
メイヴ信じられるか?
メイヴそいつは終始、「マクベス」をとびきりの笑顔で演じた。
メイヴあの悲劇を、笑顔で演じ続けるやつを見たことがあるか?
メイヴマクベスはコメディじゃない。
メイヴどうあったって、最後には「死」が待つ、完全なる悲劇だ。
メイヴそれを、座長は、そいつの演技を見て、
メイヴ残り一ヶ月しかないとしても
メイヴ「変えるべき」と判断して、私を降ろしたんだ。
ウィンストン……それは、なんと言うか、その。
メイヴまさに悲劇だろ?
ウィンストンそう、だね。ごめん、そうとしか言いようがない。
メイヴああ、だけど。
ウィンストンだけど?
メイヴ別にそんな事で、国に帰ったりするわけじゃないさ。
ウィンストンな、なんだい、違うのかい。
メイヴああ。
ウィンストンもう、やめてくれ。
ウィンストン心臓に悪いよ、メイヴ。
ウィンストン伝えられる語彙(ごい)が無さすぎて、どうしていいかわからなくなってたんだ。
メイヴ……なんで、エベレストを描こうって思ったんだ?ウィンストン。
ウィンストン……ん?なんでって、エベレストは一番高い山じゃないか。
メイヴまあ、そう、だな。
ウィンストン一番高くて、一番恐ろしくて、一番憧れる最高の山だろ?
メイヴああ、その通りだと思うよ。
ウィンストン……なんか飲む?メイヴ
メイヴ……急になんだ?
ウィンストンそれはこっちのセリフだよ。
ウィンストンさっきからおかしいのは君の方だ。
メイヴ……生憎(あいにく)、マグカップはもう箱詰めしてしまったよ。
ウィンストンそんなの!僕のを使えばいいさ!
ウィンストン何が飲みたい?なんでも用意するよ。
メイヴ……チャイ。
ウィンストンチャイ?
メイヴああ、チャイが飲みたいな。
ウィンストンふふ、いいよ、すぐ準備する。
メイヴ……ありがとう、ウィンストン。
ウィンストンどうってことないよ。
ウィンストン同じ、芸術家であり、表現者である仲間への餞別(せんべつ)さ。
メイヴ……ありがとう。
ウィンストン……そう言えば、よく二人で行き詰まった時もこうしてチャイを飲んだ気がするよね。
ウィンストンお互い、全然畑の違う芸術なのに妙に馬が合ってさ。
メイヴ……そう、だな。
ウィンストンでも、そっか、そうだよね。
メイヴ……なにが?
ウィンストン思えば、降板くらいで夢を諦めるほど君の芸術への情熱は薄くなかったものな。
メイヴ……。
ウィンストンさあ、できたよ、メイヴ。
ウィンストンウィンストン印の特製チャイだ!
ウィンストンエベレスト踏破を目指す登山家の多くが
ウィンストン山頂でチャイを飲むのを目標にしているーなんて話も聞いた事があるよ。
ウィンストンはい、どうぞ。
メイヴ……ありがとう。
ウィンストンカップの底はすごい熱いからね!気をつけてよ!
メイヴああ。
ウィンストンうあちっ!!
メイヴ……言った本人が触ってたら世話ないよ。
ウィンストンごめんごめん。
メイヴ……グリーンブーツって、知ってるか?ウィンストン。
ウィンストングリーンブーツ?知らないな、君の好みなのかい?緑の靴が。
メイヴ一生買うことはないと思う。
ウィンストンじゃあなんなんだい?そのグリーンブーツとやらは。
メイヴ……エベレスト高度八千メートルに、「それはいる」。
ウィンストン「いる」?
メイヴああ。
ウィンストンおとぎ話とか、ファンタジーな話?
ウィンストンゴブリンの事をレッドキャップって言うみたいな?
メイヴ現実の話だよ。
ウィンストン現実の?
メイヴそう。エベレスト登山の何人が「帰ってこない」か、知ってるか、ウィンストン。
ウィンストンえ……?想像したこともないな。
メイヴ1990年から2006年までの16年間で登山者は7929人。その内死亡者は86人。
ウィンストンそんなに。
メイヴ「グリーンブーツ」っていうのは、そうしてエベレストに挑み戻って来れなかった奴らのこと。
ウィンストンそう、なんだ。
メイヴ元々は、その高度八千メートルにな。一人の登山家の遺体が放置されてたんだ。
ウィンストン放置……?
メイヴそう。そんな場所、行くのも大変なんだ、遺体の回収なんて出来ないだろう?
ウィンストンたしかに。
メイヴ「彼」は1996年から、ずっとそこに居た。
ウィンストンそんなに前から!?
メイヴそうだ。おそらくインド人の男性なんじゃないかと言われてる。
メイヴエベレスト高度八千メートルは常に氷点下。
メイヴ天然の冷凍庫の中で、グリーンブーツは腐らず当時のまま存在し続けた。
ウィンストンそうか……腐らないからずっとそのままなんだ。
メイヴ多くの登山家たちは、そのグリーンブーツの地点まで来ることを目標にし、彼の死を悼みながら
メイヴ頂上を目指すんだ。
ウィンストン死して尚、多くの登山家にエールを送ってるのか。
メイヴ「それは、違う」。
ウィンストンえ……?
メイヴそれは、生きているからこそ
メイヴ今登っている最中だからこそ
メイヴ言える言葉だ。
メイヴインド人のグリーンブーツ、彼が緑の靴を履いていたから彼らはそう呼ばれるようになった。
メイヴそんなグリーンブーツ達が
メイヴ「未練を残さず」に死んだなんてことがあるはずがない。
ウィンストンだ、だからその未練を後続の登山家が想いを背負って登るから、美談になったんだろう?
メイヴ「そんなこと、望んでない」。
ウィンストンの、望んでない……?
メイヴ当たり前だろ、どのグリーンブーツも
メイヴ「自分がその山を踏破したくて」
メイヴ挑んでるんだ。
メイヴ少なくともグリーンブーツの彼は
メイヴその緑の靴を買った時にそう願っていたはずだ。
ウィンストンそれは、そうかも、知れないけど……
メイヴ「メイヴさんの演技が好きで、それを超えたくて私はこの劇団に入ったんです。」
ウィンストン……そう、言われたんだね、メイヴ。
メイヴ……。
ウィンストンその、主役になった子に。
メイヴそうして登山家たちは、グリーンブーツを踏み台にしていく。
ウィンストン踏み台じゃないよ、メイヴ。
メイヴ踏み台だろ、どう考えても、踏み台だ。
ウィンストン違うよメイヴ、それは「憧憬」だ。君が目標だったんだ、君がエベレストそのものだったんだ。
メイヴだけど!踏みにじられたんだ!
メイヴ後続の!鋭利な靴底が!
メイヴ私の背中を踏んづけて高みに登っていく!
ウィンストン落ち着くんだ、メイヴ。
ウィンストンそうじゃない、そうじゃないだろう?
メイヴ何がそうじゃないんだ。
メイヴ私の磨いてきた技術は、感性は、私だけの物のはずだ。
メイヴだが、それを、見据えられ
メイヴそこを「通過点」として、歩みを進められた。
メイヴそうして出来上がっていく彼らの道は
メイヴ私が死にものぐるいで到達したこの地点よりも
メイヴ容易く、高みに登るんだ!
メイヴ私の、私の全力を踏みにじって……!
ウィンストンメイヴ……。
メイヴだからもう、私には何も無い……。
メイヴ何も無くていいと思った……。
ウィンストン……それでも僕は、君の演技が好きだよ。
メイヴ……。
ウィンストンそれじゃダメなのかい、メイヴ。
ウィンストン確かに、自身の磨いてきたきた技術や
ウィンストン感性そのものが、誰かにとってのグリーンブーツであることは
ウィンストンすごく悲しいことだ。
ウィンストン特にそれがわかりやすく数値で見えたり
ウィンストンはたまた評価として下るのは耐え難いよ。
ウィンストンでも、グリーンブーツが夢を語ってはならないだなんで、誰が言っただろうか。
メイヴウィンストン……。
ウィンストン 何度も何度も、僕だって筆を折ろうと思ったことはあるさ。
ウィンストンそれこそ、その挫折を味わっている時こそ
ウィンストン表現者は総じて皆、孤独なんだ。
メイヴ……なんの慰めにもなってない、それ。
ウィンストン孤独であることは、悪いことじゃないんだよ、メイヴ。
メイヴ……悪いことじゃない?
ウィンストンそうだよ。
ウィンストン僕達表現者は、どう足掻いたってチーム戦にはならない。
ウィンストン例えひとつの劇団の中にいたって
ウィンストン例え一人の売れない画家だって
ウィンストンいままさに、自身を吐き出すその刹那は
ウィンストン誰だって自分一人との戦いだ、そうだろ?
メイヴ……。
ウィンストンその吐き出す瞬間、その、表現が表現として世に産まれる瞬間
ウィンストンその瞬間が、芸術の中のエベレストそのものだろう……?
メイヴその瞬間は、誰でもない、自分一人のものだから
メイヴいくら踏みにじられようと
メイヴグリーンブーツとして、その場で死んでいたとしても
メイヴ関係ないって……?
ウィンストンそうだよ。
メイヴそんな訳があるか!
ウィンストンメイヴ……
メイヴ違うだろ!そんなはずはない!
メイヴ孤独だ?孤独なわけがない!
メイヴどう足掻いたって、どう言い繕ったって
メイヴこの事実だけは変わらないだろ、ウィンストン!
メイヴ「グリーンブーツとして踏みにじられる以前に」
メイヴ「表現者は皆、誰かをグリーンブーツとして踏みにじってる」んだよ!
ウィンストン……。
メイヴ憧れた俳優がいる、目指した劇団がある、焦がれた舞台がある!
メイヴその全てが、そのほとんどに
メイヴ「グリーンブーツ」がいるんだよ!
メイヴ踏みにじられるのと同じだけ
メイヴ私も、お前も!
メイヴ「誰かの表現を踏みにじってここにいる」
メイヴオリジナルなんて存在しない
メイヴ誰かが誰かを真似た事を更に真似て
メイヴそれを我がもの顔で自身の物だと謳い、
メイヴそしてそれを踏みにじられたと駄々をこねる!
メイヴこんなのが表現者であっていいのか
メイヴいい訳がない!
メイヴだから、だから私は……っ!
ウィンストン……「エベレストを目指す者は、エベレストで死するべきである。」
メイヴ……。
ウィンストン登山と表現が、まるで同じだなんて、言わないよ。
ウィンストン例えに出していたとしても、これらはきっと似て非なるものなんだ。
ウィンストンでも、メイヴ。
ウィンストン登山家という生き物は、一度山を目指したのなら
ウィンストン「山で死ぬ」ことが、最大の誉れなんだ。
メイヴ……なら、表現者も表現の中で死ねって?
ウィンストンそうだよ。
メイヴ何を言って……
ウィンストンオリジナルなんて、わからないよ。
メイヴ……。
ウィンストン君の言う通り、きっとこの絵はサルバドール・ダリの模倣(もほう)なんだ。
ウィンストンでも、それでもいい。
ウィンストン贋作だって構わない。
ウィンストン似せて、真似て、同じだと罵られて。
ウィンストンそれでも、描き続ける。
メイヴ……ウィンストン。
ウィンストン「グリーンブーツ」だと、思わせてやればいい。
ウィンストンいくらでも踏みにじったらいい。
ウィンストンそれでも、描き続けたら
ウィンストン最期の瞬間に、「この人生が頂上だった」と言えたなら
ウィンストンもうそれは、誰にも到達できない「エベレストの頂上」だろ、メイヴ。
メイヴ……誰かを踏みにじるんだぞ、表現を続ける限り。
ウィンストン踏みにじったらいい。
ウィンストンそもそもだよ、メイヴ、グリーンブーツが頂上を諦めただなんて誰が決めたんだい。
メイヴ……。
ウィンストン「死してなお、グリーンブーツが頂上を目指しているのを」
ウィンストン「誰もがわかっているから」
ウィンストン「誰一人、彼の遺体を」
ウィンストン「埋めたりなんかしないんだよ。」
メイヴ……。
ウィンストンメイヴ。
メイヴ……。
ウィンストングリーンブーツなんて、
ウィンストンエベレストなんて関係ない。
ウィンストン「君は、どうしたいのさ」
メイヴ……演技が、したい。
メイヴあの舞台に、上がり続けていたい……。
ウィンストン……じゃあ、やる事はただ一つだろう、メイヴ。
メイヴえ……?
ウィンストン君のマグカップを、ダンボールから探し出すよ!