ファンタジー

「憧れ」

author作者:よん

誰かになりたいと思うことはありますか?──私は、あります。

配役
002
予想時間30
文字数7478 文字

登場人物

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白い野良猫。
ドレス白いドレスを着た幽霊。
本編
……あれま。風に踊るレースの幽霊なんざ、珍しいや。
ドレスこんばんは。わたくし、風に揺れるのが取り柄ですので。……あなたも、なかなかの風格ですね。真っ白な毛並みをされて。
にゃは。そんな綺麗なもんじゃあねえよ。汚れないんじゃない、見えないだけさ。夜の路地裏で泥とくすぶりをもらってきてる。
ドレスでは、その白は罪かしら。すべてを覆い隠す、清さの仮面。
そいつぁ面白いな。あたしにとっちゃ、白はただの余白、だと思ってたよ。汚れるためにある布地さ。……あんたのドレスも、ずいぶんと白いじゃねぇか。
ドレスええ。白くて、白くて、白々しらじらしい──幽霊だから身体は見えませんが、わたくしはこの身体が嫌いです。服は着ていても、わたくしはいつも、脱げない身体をまとっている。この透けた、醜いみにくい身体を。
にゃは。皮肉か?皮も肉も無いくせに。
ドレスせめてもの、ですよ。わたくしはせいぜい、こうして服を着ることしかできませんからね。
歯に衣着せて何言ってやがる。そんな綺麗なドレス着て、きっと誰かに愛された口だろ。
ドレスふふ。──愛されたことがないから、形見のように着ているのです。……あなたのように、自由で、美しく、誰からも好かれる存在になりたくて。
自由?あたしが?風まかせの野良猫暮らし、気楽なようでいて、腹が減りゃ空も憎いってなもんだ。
ドレスでも、誰にも縛られない。名前もなくて、使命もなく、ただそこにいるだけで人の視線を惹きつける。
……あんたは、幽霊のくせに、やけに"生きた言葉"を使うじゃねえか。
ドレス幽霊になって、やっと言葉に命が宿ったのです。ふふ。よろしければ、しばらくご一緒しても?
おう、かまわねえよ。街の明かりも、あたし一匹じゃちと眩しくてな。
ドレスでは、まいりましょうか。
:(猫とドレスの幽霊は、誰もいない夜道を歩き始める。煌びやかな街並みが2人を迎え入れる。)
しかし、派手な街並みだな。ネオンってやつは、星より自己主張が強い。
ドレスふふ……でもこの街の星たちは、地上に咲くのですね。灯りも、また、咲き物。
灯りの花か……そういう捉え方もいいね。あんたと歩くと、この鬱陶しい街の灯りも綺麗に見えてくるな。
ドレスこの街の夜のウィンドウは、水の鏡のようですね。
鏡ってやつぁ、見たいものより、見たくねぇもんが映る。けど、たまには、あえて映るのも悪くねえ。
ドレスふふ。あなたはそう思うの?わたくしは......そうは思えない。
デパートのウィンドウには、あたしたち写るだろ?
ドレスウィンドウには、わたくしはきっと写らない。
それは──あんたが幽霊だから?
ドレス──生きていた頃は、誰の瞳も、鏡も、わたくしを映してはくれなかった。
鏡が映さねぇ?そりゃああり得ないだろう。ただ、見てなかっただけだ。あんたが、あんた自身をな。
ドレス……あなたは、見えますか?今のわたくしを。
ドレスだけじゃねえさ。目線の奥にいる、誰にも撫でられなかった心まで。身体は透けているけど見えるとも。……あたしも、同じだったからな。
ドレスあなたが、わたくしと?
自由に見られて、笑われたりもするが……ホントはな、あたしだって、誰かに抱かれて眠ってみたかったのさ。
ドレス人の腕に?
そう。重たいくらいの愛情を一身に浴びて、『おかえり』って言われてみたかった。だが、猫にゃあ人の言葉は持てねえ。持てば、きっと、化け猫って笑われる。
ドレス化けてもいいじゃないですか。わたくしなんて、成仏すらできずに、浮いたまま。誰にも触れないまま……
いいや。あたしは『姿』で、あんたは『言葉』で、触れ合ってんだ。手と足のかわりに、心を持ってる。
ドレス……そうですね。
……で、さっきから気になってるんだがよ。なんでそんなに、綺麗に着飾ってるんだ?
ドレス──誰かに、見つけてほしかったからです。
誰に?
ドレス──あなたのように、自由で、真っ白な存在に。名前なんてなくたって、ふいに心を掴んでしまう、あなたのような存在に。
にゃは。あんた詩人か。幽霊が詩を読むとは、しゃれにもなんねえ。
ドレスあら、幽霊だって言葉を拾って歩くのが好きなのです。なにせ、わたくしはもう、死んでいます。言葉をドレスに、きれいに着飾ってみたいのです。
言葉をドレスに……にゃは。そいつぁ粋だな。だがまあ、あんたのドレスも、十分きれいだぜ。白くて、ふわふわしてて、なんつーか……うん、あたたかそうだ。
ドレスそれは......皮肉かしら?ふふ、寒いですわよ。着ているのに、寒い。着ていても、誰にも触れてもらえないのですから。
……すまねえ、つい。つい本音が出ちまった。あたし、あんたみたいな格好、憧れてんだ。
ドレス……まあ。猫が、人間のドレスに? それはまた、奇妙な憧れ。
奇妙で結構。けどな、白い毛皮ってのは意外と汚れやすいし、どこにいたって目立つし、誰にも飼われちゃいねえから、けっこう肩身が狭いんだよ。だから、ちゃんと着飾ったあんたが、まぶしく見える。
ドレス……そう。わたくしは、着飾っているつもりでも、もう誰にも見られていないのだと思っていたのに。
見えてるぜ。少なくとも、あたしには。こうして、一緒に夜の街を歩いてるじゃねえか。
ドレス……うれしい。あの、聞いてもいいかしら。あなたは……飼い主を探しているの?
探してなんかねえよ。けど……憧れてはいる。誰かに名前を呼ばれるってのは、どんな気分かな。あたしはいつだって、“猫”で、“おい”で、“どけ”で、“ちょっと”で、“しっし”だ。
ドレス……名前。そうね、名前を呼ばれるのは、愛されている証だったのですね。
あんたも、名前があったのか?
ドレスもちろん。けれどもう、誰も覚えていません。......名前は、呼ぶ人がいなくなったら、どこへ行くのでしょうね?
風に舞って、路地の隅にでも転がってんじゃねえの?──あたしたち、似た者同士かもな。
ドレスふふ。白い猫と、白い幽霊、ね。あなたと似ているだなんて、嬉しい。では、お返しに、わたくしからひとつ。──あなたの目は、まるで夜に落ちた月のかけらみたい。
にゃは。おいおい、やめとくれ。褒め言葉にゃ慣れちゃいねえんだ。尻尾がもげちまう。
ドレスあら、猫の尻尾って、誉め言葉で取れるものだったの?
いや、冗談だ。だが……そりゃ、ついフラつくぐらいには、うれしいよ。......なあ、幽霊。
ドレスはい?
自分を見てあげなよ。──いや、あんたは今からあたしを見るんだ。あんたとウィンドウに写る、あたしを。
ドレスわたくしも......一緒に?
じゃあ、あのショーウィンドウに近づいてみるか?通行人のふりしてさ。
ドレスふふ……それでは、わたくしも俳優気取りで。歩き方、ちゃんと出来ていますか?
にゃはは!いいじゃねえか!上出来だ。……なあ、もしあたしが人間だったら、あんたをお姫様みたいにエスコートしてやれるんだがな。
ドレスもし、わたくしが猫だったら、誰かの膝で気ままに眠れるのかな。──いいえ、どちらも叶いません。
……それでも、今夜だけは、一緒に歩けてる。それでいいじゃねえか。
ドレスそうですね。わたくしもそれで十分に幸せです。
あんたのドレスが手伝って、この夜を彩ってくれているしな。
ドレスさっきから何度も。そんなに好きなんですね、この服が。
にゃは。人間ってやつは、何のためにこんなもん着るのかって思ってたがよ。あんたがまとうと、まるで物語の一節みてぇだ。──あたしも、そんなふうに、愛されてみたかった。
ドレス......言葉のないあなたに、愛の言葉を伝えるすべはありますか?
いいや。──なくても、にゃあと鳴いてのどを鳴らせば、伝わる気がしてる。
ドレス──なら、わたしも。ドレスを揺らして、応えてみます。
ああ──ありがとうな、幽霊。
ドレスええ。──こちらこそ。猫さん。
──なあ。……今日って、いったい何日だったっけ?
ドレスあら、それはまた気まぐれな問いかけね。
いや、なんか……最近、夜ばっかりじゃねえかって。
ドレス……ええ。そういえば、ずっと月を見上げている気がします。朝日を……いつから見ていないか分かりません。
ほら、あそこの時計台も、二時のまま動いてねえ。止まってる。
ドレスまるで、夜に閉じ込められたみたい……。でも、あなたと歩いていると、不思議と怖くはないの。
あたしもだ。けど……もしかすると、あたしたちが忘れてるんじゃねえか。いつ朝が来たのか。いや、もしかしたら──朝のほうが、あたしたちを忘れちまったのかもな。
ドレス……夜だけが、ふたりの居場所。そう思えば、これはこれで贅沢な時のようにも思えてくるのが、わたくし、少し怖いです。
なんだ、怖くないんじゃなかったのか?
ドレスもう、揚げ足取りですか?猫さん。
にゃはは!取る足がねえじゃねえか!
ドレスあはははは!
:(ふたりが歩く夜の街並み。ふと横目に何かが写る──路地裏に、キャンバスが置かれている。)
ドレス──あら、見て。路地の奥に……キャンバス?
真っ白なまんまだな。埃もかぶってねえ。まるで、誰かに描かれるのを待ってたみたいだ。
ドレス……わたくし、描いてもいいですか?
あんた、絵なんて描けたのか?
ドレスええ。わたくし、生きていた頃、美術室の隅でひとり、よく描いていたの。迫力のある絵を描くのは苦手だったけれど……心の形を、色で包むことは好きだったわ。
……そいつぁ、見てみてえ。
:(ドレスの幽霊が、指先で静かに空気をなぞると、そこに絵具のような光の色がにじみ始める)
ドレスこの手は、誰にも触れられないけれど。キャンバスに色は乗る。……あなたが見てくれるなら、それで充分。
どんな絵を描くんだ?
ドレス……まず、あなたの白を、星の光で。やさしく、柔らかい色。冷たさと温もりが混ざった、あなたの白を。
──あたし、そんなにいい色してるか?
ドレスええ、とても。わたくしの好きな色よ。……次に、自分自身を。ドレスは、月に映る湖のような白銀で──金の装飾を並べて。
夜の水面みてえな、透明な色か。
ドレスええ。そして……ふたりを照らす灯りを。月と星が照らす中、わたくしたちは並んでいる。
……なんだか、すげえ静かな絵になりそうだな。
ドレス表情は見えなくても、ふたりとも笑ってるの。ちゃんと、隣にいるのが、わかるように。夜の中に咲いた、ひとときの温度を……このまま永遠に、閉じ込めるの。
:(描かれていくキャンバスには、星明かりの下、並んで佇む猫とドレスの幽霊。その姿は、どこか夢に似ていて──)
……なあ。もしこの絵が、誰かに見つかったら……どうなるんだろうな。
ドレスその人が心を澄まして見てくれたなら──きっと、夜の優しさを思い出してくれるでしょう。ひとりじゃない時間の記憶を。
ああ……あたしたちは、消えるものかもしれねえ。でも、その絵が残るなら、ちょっとくらい、夜に名前をつけられた気がするな。
ドレス夜の中に、あなたとわたくしがいた──それだけで、きっと、朝よりも確かなこと。
……なあ。描き終わったら、そのキャンバス、街のどこかに置いとこうぜ。
ドレスええ、そうしましょう。いつか誰かが見つけて、忘れていた夜のことを、思い出せるように。
……ふぅ。ちょっと、足が重くなってきたな。
ドレス疲れたのね。わたくしには、足の重さってもうよくわからないけれど……でも、休憩はいいですね。風が、やさしく撫でてくれる。
風ってより、休んでいる空気が寝返りうってるだけだろ。……ま、でも悪くねえな。夜の匂いもするし。
ドレス夜の匂い……それって、どんな香り?
んー……ひんやりして、でもほんの少しだけ、土の匂いがしてさ。古い毛布みたいな、くたびれた安心感ってやつ?
ドレス……くたびれた安心感。なんて素敵な矛盾。
さて、一休みしよう。ここはいい場所だから。
:(猫が水飲み場に向かい、前足で蛇口を押すと、ちょろちょろと細い水が出る)
お、出た出た……
:(猫は器用に舌を出して水を飲みはじめる)
ドレス……羨ましい。
ん?
ドレスその水に触れることができるってだけで。わたくしにはもう、音と光と、湿った空気しか感じられない。水そのものの冷たさは……思い出すばかり。
……飲ませてやるよ。
ドレスありがとう。でも、口移しでも無理ですよ。わたくし、もう味覚は夢の彼方。
そっか……じゃあ、あたしが飲んで、それを言葉で伝える。にゃは。目ぇ閉じて、聞いてろよ?
ドレス……ふふ、そんな遊びがあったのね。では、お願いします。
:(猫はもう一度水を飲む。喉を鳴らす音が静寂に小さく響く)
ん……冷てぇ。冷えた石の中を通ってきた水だ。金属の味がほんの少し。それから、何かこう……夜の裏側みてえな感じがした。
ドレス……夜の裏側?
うん。つまり、“朝になりきれなかった時間”みたいな。目を閉じたまま、目を覚ます寸前の、ほの明るさが……ちょっとだけ、舌の奥に残る。......伝わるかな?
ドレスあなたも、詩人の才能ありますね。
おいおい、からかってんのか?
ドレスいいえ、本気。そうだ、じゃあ“水”をテーマに、しりとりしましょうか?
しりとり?
ドレスええ。ただし“水に関係する言葉”だけで繋いでいくの。負けたら……次の絵のモデル、相手の好きなポーズで描かれるのよ。
なるほど。負けらんねえな。……じゃあ最初はあたしから。《みず》。
ドレス《ずいどう》。水道ね。
それ、アリかよ。う……《うみ》!
ドレス《みずたまり》
り……《りゅうすい》!
ドレス《いずみ》
《みずしぶき》!
ドレスふふっ、《きりゅう》──気流じゃないわ。《きりゅう》……あ、水流に乗る気の流れ、でいいかしら?
うーん......ま、ギリギリセーフにしとく。……次は《うず》!
ドレス《ずぶぬれ》
れ……《れいすい》!
ドレスまた《い》ね。《いっすいびょうだく》──ええと、水のように無垢むくなこと。
なにそれ強い!反則だろ!
ドレスうふふ。わたくし、本気ですよ。
むー……もう降参だ。好きに描いていいぜ。
ドレスじゃあ……白い猫が、水たまりに映った月を見上げるポーズ。
あれ、普通だな?もっとこう......仰向けに転がったあたしのポーズを描くんだと思ってた。
ドレスそれはそれで可愛らしいけれど......わたくしはわたくしが思うあなたの姿を絵にしたい。あなたの目に映る夜の色も、ちゃんと描きます。
それって……つまり、あたしの目の中に“あんた”も映るってことだよな。
ドレスええ。わたくしが見るあなたと、あなたが見る夜と、全部ひとつに──絵の中で重なるの。
……悪くねぇ。よし、仕上がりに期待してるぜ。あたしの毛も。あんたのレースも。重なって、一枚の、ちょっと不思議な絵になる。
ドレス......きっと綺麗。それはまるで、白と透明が混じり合うような......
そうだ。にじんだ境目が、いちばん綺麗なんだよ。
ドレス──それが、わたくしの憧れの正体かもしれませんね。
にじんでも、消えなきゃいい。
ドレス触れられずとも、感じていたい。
言葉がなくても、寄り添えるなら。
ドレス名もなく、姿を持たなくても、ここにいたという証が──
……この一枚の、心象に、残る。
ドレス──ねぇ。もし次、会えたら。
うん?
ドレスそのときは、『また会えたね』って言ってもいいですか?
そしたら、にゃあ、って答えてやるさ。なにせあたしは、風まかせの野良猫。……だけど、憧れくらい、持ち歩いてもいいだろ?
ドレスええ、ええ。……そう、憧れだけは、風に飛ばされないように、しっかりと、胸に抱いて。
なあ、名前を教えてくれよ。
ドレスわたくしの名前?......でも、教えたくない。
どうして?
ドレスだって、あなたは名前が無いのでしょう?
──だったら、あんたがつけてくれないか?
ドレス......宜しいのですか?わたくしが名付け親だなんて。
にゃは。構わないぜ。そしたら、あたしがあんたの名前も付けてやるよ。
ドレスまあ......それは素敵な提案ですね。
じゃあ──あんたは夜想やそう夜想やそうってのはどうだい?夜に咲く想い、ってな。
ドレスなんて美しい......ありがとうございます。では──あなたは月白つきしろ
ツキシロ、ね。……月の光に照らされた白か。にゃは、悪くねえ。
ドレスふふ、では……月白さん。……わたくしも、憧れてばかりではなくて、少しずつ前に進める気がしてきました。
あたしも、だ。夜想。あんたと歩けた夜のおかげだよ。
ドレスまた……夜の街で会えたら、歩いてくれますか?
もちろんさ。月の白と、夜の想いで。なにか、また物語になりそうじゃねえか。
ドレスええ。夜はきっと、語り部のよう。わたくしたちの影を、そっと伸ばして、残してくれますわ。
その影を追いかけながら、また歩こうぜ、夜の中を。
:(とある街の路地裏。ぽつんと立っているキャンバス。そこには、ドレスと猫が並んでいる様子が描かれている。タイトルは──)