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揺れる角砂糖

author作者:かさねちえ
単発作品
警告・特記事項:R15

※男×男の口調で書いてますが女×女でも男×女でも女×男でも演じて頂けます。 一人称や語尾など、言いやすいように変換してお使いください。 揺れていたのは角砂糖か、それとも心か。 宗教学者・遠嶋薫と、数学を学ぶ大学生・夢崎心。 一杯のコーヒーから始まる、小さな対話の物語。

配役
002
予想時間30 分
文字数9186 文字

登場人物

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遠嶋遠嶋 薫(とおじま かおる) 40代 宗教学の准教授 美しい顔立ちから男女問わず人気がある 人を愛し、人を観察し、人を理解しようとする男
夢崎夢崎 心(ゆめさき こころ) 20代 自分に自信の持てない数学科の学生 遠嶋との出会いによって、止まっていた心が少しずつ揺れ始める
本編
◯大学構内、廊下 (夕方)
遠嶋:M「夢崎心とは、僕が勤める大学で出会った。
遠嶋:人の波が引いた遅い時間、手洗い場でざぶざぶと袖を濡らす姿に、何故か目が離せなくなった」
遠嶋:「君。なにしてるの」
夢崎:「…洗ってる」
遠嶋:「洗ってる? 教科書を?」
夢崎:「…トイレに入れられたから。それで」
遠嶋:「…」
遠嶋:M「放っておけなかったのはきっと、彼が学生で僕が指導をするべき立場だから。
遠嶋:それだけの理由だと、感じていたように思う。
遠嶋:厚い前髪の隙間から覗く瞳が、何とも印象的な子だった」
夢崎:「こんな時間まで居残りですか、遠嶋准教授」
遠嶋:「僕を知っているのかい?」
夢崎:「宗教学の准教授で、端正な顔立ちから男女問わず人気があり、中でも熱狂的な学生から神様と呼ばれている」
遠嶋:「詳しいね」
夢崎:「別に。あなたが有名なだけです」
夢崎、蛇口を捻って水を止める。
遠嶋:「…それ、持って帰るの? 服もずぶ濡れじゃないか」
夢崎:「…でも。持って帰るしかないですから」
遠嶋:「僕の研究室で乾かすといい。ドライヤーもあるし」
夢崎:「でも」
遠嶋:「今タオルを持ってくるよ。待ってて」
遠嶋、背を向けて研究室まで小走りで行く。
夢崎:「…ありがとう」
遠嶋:M「背中越しに消え入りそうな声を、確かに僕は聞いた」
夢崎:「(タイトルコール)揺れる角砂糖」
◯遠嶋の研究室 (夕方〜夜)
遠嶋:「教科書は一旦これでいいとして…
遠嶋:これ、タオル。あと僕のシャツで申し訳ないけど、体を拭いて着替えなさい。
遠嶋:そこの衝立ついたての奥、使って」
夢崎:「…すみません」
遠嶋:「ん」
夢崎、衝立の奥に行く。濡れた服を脱いでタオルで体を拭く。
遠嶋、濡れた教科書にタオルを押し当てている。
遠嶋:「夜は冷えるからね。気付けて良かった」
遠嶋:「教科書は…うん、こんなもんかな。
遠嶋:あと、ドライヤードライヤー…」
遠嶋:「あったあった。タオル、足りそうかい?」
夢崎:「あ…はい。ありがとうございます」
遠嶋:「良かった」
夢崎:「…遅くまで残ってるんですね」
遠嶋:「あぁ。ちょっと調べ物をしていたんだ。いつもはもっと早くに帰るんだけどね」
夢崎:「…ここら辺、この時間いつも真っ暗だから」
遠嶋:「あぁ、そうねぇ。いつもなら人はいなかったと思うよ」
夢崎:「…」
遠嶋:「服、大丈夫かい?」
夢崎:「濡れただけですから」
遠嶋:「そう」
夢崎、濡れた服を持って出てくる。
夢崎:「タオルとシャツ、ありがとうございます」
遠嶋:「うん。ドライヤー、これ使って。風邪ひいちゃう」
夢崎:「…はい」
夢崎、ドライヤーで髪を乾かす。
遠嶋:「ん、乾いたかな。コーヒーは飲める?」
夢崎:「…飲めます」
遠嶋:「ここ、座って」
遠嶋、インスタントコーヒーを二人分作りながら。
遠嶋:「砂糖とミルクはそこにあるから。自分でね」
夢崎:「…角砂糖? 今時珍しいですね」
遠嶋:「あぁ。好きなんだ」
夢崎:「角砂糖が?」
遠嶋:「うん。真っ白で角までピンとして。
遠嶋:人類が生み出した、数ある美しい物の一つだよ。
遠嶋:溶けて揺れる様も甘美で、目が離せない」
夢崎:「…まるで詩しですね」
遠嶋:「クサかったかな」
夢崎:「いいんじゃないですか。ただ…」
遠嶋:「ただ?」
夢崎:「意外です。
夢崎:あの遠嶋准教授が、角砂糖を情緒豊かに語るのが」
遠嶋:「あのって。そんなに有名かな」
夢崎:「憧れる生徒は多いんじゃないですか」
遠嶋:「憧れ、ね」
夢崎:「…含みのある言い方ですね」
遠嶋:「憧れは理解とは遠く掛け離れているものだから」
夢崎:「…よく分からないです」
遠嶋:「そう。はい、コーヒー。熱いから気をつけてね」
夢崎:「ありがとうございます」
遠嶋:「そういえば、自己紹介がまだだったね。
遠嶋:僕は遠嶋薫。知っての通り宗教学の准教授だ。
遠嶋:君の名前を聞いてもいいかな」
夢崎:「夢崎心、です。数学科三年」
遠嶋:「数学か。君、頭が良いんだね」
夢崎:「…それ、バカにしてます?」
遠嶋:「あぁいや、気に障ったのなら申し訳ない。
遠嶋:ただ、僕は数学というものに苦手意識があってね。素直にすごいと思っただけだよ」
夢崎:「…こちらこそ。大人気なくすみません」
遠嶋:「いや、僕の前で大人になろうとしなくていいよ。僕のがほら、年上だしね」
夢崎:「…返答に困ります」
遠嶋:「そうか。うーん…
遠嶋:とりあえず、今この瞬間は。僕と向き合うときは。年相応の君でいい。
遠嶋:変に気を遣ったりしなくていいってこと。どうかな」
夢崎:「…なぜですか?」
遠嶋:「え?」
夢崎:「先生と話すのは今日が初めてですよね?
夢崎:先生の授業も取っていないし、ゼミも違う。
夢崎:明日にも忘れてしまう、そんなただの【生徒A】にすぎない私に、親切にする理由はなんですか?」
遠嶋:「生徒A…あはは! 君、面白いね」
夢崎:「…」
遠嶋:「親切に、理由は必要かい?」
夢崎:「…人が親切にするのは、見返りを求めているからです」
遠嶋:「ふむ、一理あるな。ではこうしよう。
遠嶋:週に何度か、ここに来て僕とコーヒーを飲む。
遠嶋:もちろん空いている時で構わない。
遠嶋:話し相手になってくれないかい?」
夢崎:「それ、先生に得があるようには思えないのですが」
遠嶋:「そうかな?」
夢崎:「…」
遠嶋:「それで、返事は?」
夢崎:「…空いていたら」
遠嶋:「それでいい。ありがとう。ふふ、楽しみができた」
夢崎:「…」
遠嶋:「あぁ。あと、それ。誰がやったか、とか。聞いた方がいいのかな」
夢崎:「…聞かないでください。こんな歳にもなって虐めを受けてるだなんて、恥ずかしいことですから」
遠嶋:「虐めが恥ずかしいものであるとすれば、それはする側の人間だ」
夢崎:「…それは、同感です」
一拍
夢崎:「先生はなぜ、宗教学を?」
遠嶋:「なぜだと思う?」
夢崎:「…分かりません。宗教って胡散臭いから」
遠嶋:「日本ではね。多くの人が君と同じような考え方だろう。
遠嶋:宗教というのは、神という絶対的な存在に救いを求める人間たちが、その価値を共有するために作るものだ。
遠嶋:大体の宗教において神は唯一神であることが多い故に争いが絶えないのだが、それは置いといて…
遠嶋:しかし日本はさ、八百万の神がいて、長い年月を経た物にも神が宿るとされる。付喪神ってやつね。
遠嶋:考え方の根本が違うんだ。だから日本で特定の宗教は流行らない。胡散臭いと感じるのも、ここが原因だと思う。
遠嶋:…まぁ、こんな堅苦しい話をしたい訳じゃなくてさ。
遠嶋:宗教学を教える身がこんなことを言ったら怒られるかも知れないけど、宗教なんて人間のエゴでしかないんだよ」
夢崎:「…本当に。怒られそうですね」
遠嶋:「でもそれって、人間そのものだと思わないかい?
遠嶋:だから面白いんだ。宗教学はね」
夢崎:「…楽しそうですね」
遠嶋:「興味持ったかい?」
夢崎:「楽しそうって言ったのは、宗教にではなく。それを話す遠嶋先生が」
遠嶋:「はは、そうか。君はなぜ数学を?」
夢崎:「…数字は嘘を吐かないから」
遠嶋:「…ふむ」
夢崎:「お察しの通り、私は人付き合いが苦手です。
夢崎:人は嘘を吐つく。自分のために他人を貶おとしめる。
夢崎:だからいいんです、これで。
夢崎:私は誰かと徒党を組んだり、腹の探り合いをしたいとは思わないから」
遠嶋:「それなのに、話し相手になってくれるんだね。君は優しい人間だ」
夢崎:「優しい訳ではないです。先生には、借りがあるから」
遠嶋:「ふふ。貸しは作っておくものだねぇ。
遠嶋:あぁ、もうこんな時間か。遅くなる前に帰ろう」
夢崎:「シャツ、いつ返しに来ればいいですか?」
遠嶋:「いつでも。夕方だったら大体ここにいるから」
夢崎:M「これが、神と呼ばれる遠嶋薫との出会いだった」
◯遠嶋の研究室前 (夕方)
夢崎、扉を叩く。
夢崎:「遠嶋先生。夢崎です。いらっしゃいますか」
遠嶋:「済まないが、今手が離せないんだ。
遠嶋:鍵は開いてるから入っておいで」
夢崎、扉を開けて入る。
夢崎:「失礼します。
夢崎:借りていたシャツを返しに来ました」
遠嶋:「あぁ、ご苦労様。こっちに持ってきてくれる?」
夢崎:「…何やってるんですか?」
遠嶋:「あぁ。資料の整理をね、していたんだよ」
夢崎:「見ていいですか」
遠嶋:「いいよ」
夢崎:「…小さい。これ、なんですか?」
遠嶋:「スライドフィルムだね。機械を通してスクリーンに映すものだよ。今はもう使わないから処分しようと思ってるんだけどね」
夢崎:「…キレイですね」
遠嶋:「気に入ったかい? 一つあげるよ」
夢崎:「いいんですか?」
遠嶋:「捨ててしまうものだ。価値を見出せる者が持っていてくれた方が、僕も嬉しいよ」
夢崎:「先生のものなら欲しい生徒はたくさんいるでしょうに」
遠嶋:「それは嬉しいけれど、面倒事になりそうで幾分気が引けるね」
夢崎:「私は、いいんですか?」
遠嶋:「おっと。他の子には内緒だよ」
夢崎:「…」
遠嶋:「僕のお勧めはこれかな。
遠嶋:バチカン市国のシスティーナ礼拝堂。ミケランジェロの【天地創造】や【最後の審判】で有名な場所だね。今は撮影禁止になっている」
夢崎:「そんな貴重な物…」
遠嶋:「なに、価値は持つ人間が決めるものさ」
夢崎:「大事にします」
遠嶋:「うん。そうして」
夢崎:「…先生、香水使ってます?」
遠嶋:「あぁ、うん。匂いキツいかな?」
夢崎:「いえ、シャツをお借りしたときにいい香りがしたから」
遠嶋:「そう。…これだよ」
夢崎:「…メゾン、フランシス…ク、(読めない)」
遠嶋:「メゾン フランシス クルジャン。
遠嶋:バカラ・ルージュという香りだよ」
夢崎:「こういうのには疎いもので」
遠嶋:「まだ若いブランドだしね。たしか創立は2009年、だったかな」
夢崎:「お詳しいんですね」
遠嶋:「いやぁ、たまたまだよ。これは知人が贈ってくれたものでね」
夢崎:「…そう、なんですね」
遠嶋:「さ、コーヒーを入れようか」
夢崎:「あ。すみません、バイトがあるので今日はこれで」
遠嶋:「バイト。何のバイトをしてるんだい?」
夢崎:「本屋です」
遠嶋:「本屋か。君に似合うね」
夢崎:「それ、根暗な私にピッタリだと仰ってます?」
遠嶋:「いや、君は知的で一見クールで。
遠嶋:けれど好奇心は人一倍。
遠嶋:そのアンバランスさが、危うさが、僕には魅力的に写る。
遠嶋:君は自分のことを根暗だと言うが、それは本心かな?」
夢崎:「…そう、言われますから」
遠嶋:「それはとんだ見当違いだ。
遠嶋:君の本質が見えていない人間の言うことなど聞くに値しないと、僕は思う」
夢崎:「…先生と話すようになったのはつい最近のことと記憶していますが」
遠嶋:「長年たくさんの生徒を見てきた。人を見る目には自信があるつもりだよ」
夢崎:「そうですか。
夢崎:でもまぁ、先生には感謝しています。雑輩ざつはいな私を、気に留めてくださって。
夢崎:それじゃ、また。失礼します」
夢崎、遠嶋の研究室から出て行く。
遠嶋:「気に留めて、か」
遠嶋:M「僕は彼を、数ある生徒の一人として気に留めているのだろうか。
遠嶋:きっかけは些細なことだった。ただ話の流れで。
遠嶋:しかし彼と語らう時間が、僕にとって特別なものになっていった」
◯遠嶋の研究室前 (夕方)
夢崎、扉を叩く。
夢崎:「先生。夢崎です」
遠嶋:「開いているよ」
夢崎、扉を開けて入る。
夢崎:「失礼します」
遠嶋:「やぁ、待っていたよ。なんだか今日は廊下が賑やかだね」
夢崎:「先生の研究室に入りたいみたいですよ。
夢崎:先生の授業を取っていない私がなぜ入れるのかと、陰口を叩かれましたから」
遠嶋:「そうか。それは済まなかったね」
夢崎:「…彼女たちは入れないのですか」
遠嶋:「うーん。そうしたら、君は居づらくなるだろう?」
夢崎:「…まぁ」
遠嶋:「彼女らのような歳の子はね、年上の異性に魅力を感じるものだ。理由もなくね。それも卒業すれば醒めるような。
遠嶋:今だけだよ、こうやってチヤホヤしてくれるのは」
夢崎:「…寂しいですね」
遠嶋:「君は寂しいと、思ってくれるのかい?」
夢崎:「…はい。それに先生の場合、理由もなく、ではないでしょう。見目麗しいそのご尊顔に、集たかっているんですよ」
遠嶋:「集たかってとは、随分な物言いだね」
夢崎:「…」
遠嶋:「はい、コーヒー」
夢崎:「ありがとうございます」
遠嶋:「…それで、君は?」
夢崎:「…はい?」
遠嶋:「君はどう思っているのかな。僕の、顔について」
夢崎:「先生は…私に、なんと言わせたいのでしょうか」
遠嶋:「質問に質問で返すんじゃないよ」
夢崎:「…すみません」
遠嶋:「僕はね。自分の顔が美しいなんて一度も思ったことはないよ」
夢崎:「…それ、嫌味ですか?」
遠嶋:「はは。これまた手厳しい」
夢崎:「…卑屈で根暗らしいですからね。私は」
遠嶋:「意外だな。君は周りの言葉なんて気にも留めないと思っていたよ」
夢崎:「私は…聖人君子ではありませんから」
遠嶋:「聖人君子か、はは。
遠嶋:しかし、君の瞳は美しいと思うよ」
夢崎:「(嫌な顔をする)」
遠嶋:「なんだいその顔は」
夢崎:「だって…先生が気持ちの悪いことを仰るから」
遠嶋:「美しいものを美しいと言えるのが、僕の美徳だからね」
夢崎:「大仰おおぎょうですね」
遠嶋:「これは人生を愉しむための工夫の一つだよ。
遠嶋:それに、勿体無いと思うよ。君の美しい瞳を髪で隠してしまうのは」
夢崎:「…顔を見られるのは得意ではないので」
遠嶋:「そうか。あぁでも」
夢崎:「?」
遠嶋:「それのせいで君の美しさを、僕意外が知り得ないのは良いことだ」
夢崎:「…随分恥ずかしいことを言うんですね」
遠嶋:「そうかい? 僕にとって君を愛でることは恥ではないよ」
夢崎:「そういうのは…もっと先生に熱を持った人たちに言ってあげたらどうです?」
遠嶋:「…彼らは退屈だ。妄信的で、本質が見えていない。いや、見ようとしていない、のかな」
夢崎:「…私は違うのですか?」
遠嶋:「さぁ。どうかな」
夢崎:「意地が悪い」
遠嶋:「ふふ。君は面白い。つい揶揄ってしまう」
夢崎:「(小さくため息)。…先生の本質とは、何でしょうか」
遠嶋:「君は、何だと思う?」
夢崎:「…難しいですね。ですが先生はいつも楽しそうです」
遠嶋:「そう見えているなら嬉しいね」
夢崎:「先生は人間がお好きなように見えます」
遠嶋:「うん。正解」
夢崎:「ですが、踏み込ませない部分がある」
遠嶋:「…それも正解、かな」
夢崎:「先生は、独身でいらっしゃると聞きました。それも、関係してますか?」
遠嶋:「…そうだね。そうかも知れない。
遠嶋:ふふ、君はよく見ている。人付き合いは苦手だと言っていたように思うが?」
夢崎:「今も苦手です。ですが、先生を見るのは…知るのは。苦ではありません」
遠嶋:「そうか。ならこの時間も君にとって意味のあるものなのかな」
夢崎:「それは、どういう…」
遠嶋:「あれから、大丈夫かい?」
夢崎:「あれから、とは?」
遠嶋:「教科書をその、トイレに入れられるとか」
夢崎:「あぁ…」
遠嶋:「心配しているんだよ」
夢崎:「…だから、ここに入れてくれるんですか」
遠嶋:「え?」
夢崎:「先生だから、准教授という立場だから。
夢崎:私が虐められている生徒だから、目を掛けてくださってるんですか」
遠嶋:「それは違う」
夢崎:「…」
遠嶋:「(夢崎の瞳を見て)それは、違うよ」
夢崎:「、すみません。今日はこれで失礼します」
夢崎、バタバタと研究室から出ていく。
夢崎:M「あんな事、言うつもりじゃなかったのに。
夢崎:…先生は、怒っただろうか。
夢崎:軽蔑しただろうか。
夢崎:これじゃあ、先生を神と崇める連中と、何も変わらない。
夢崎:落胆させたのではないかと、心が苦しくなった」
◯大学 テラス (昼)
夢崎:M「あれから、数週間が過ぎた。
夢崎:先生とは活動圏が違う。
夢崎:わざわざ会いに行かなければ接点はない。
夢崎:出会う前の生活に戻っただけ。それだけのはずなのに…」
夢崎:M「私の代わりなんて、いくらでもいる。
夢崎:そんな当たり前のことが、なんでこんなに辛く悲しいんだろう」
夢崎:M「あの空間で、私ではない別の誰かが、先生の関心を一心に受けると思うと、心臓が張り裂けそうになる」
夢崎:M「先生の香りが、恋しい。
夢崎:甘くて、絡め取って離さない、底なし沼のような香り…」
間
夢崎:N「昼の、学生が賑わうテラス。
夢崎:そこに人を掻き分けるようにしてやってきた人物は、息を切らして人を探す素振そぶりをしている。
夢崎:通常ここに来るはずのないその人に、一部から小さく歓声が上がる」
夢崎:「…先生?」
遠嶋:「、夢崎、心!」
夢崎:「…なんで」
遠嶋:「一緒に、来てくれるか」
夢崎:M「先生は私の腕を掴み、人混みから離れる。
夢崎:向けられる冷ややかな視線は、私が一番、思っていることだった」
◯遠嶋の研究室 (昼)
遠嶋、夢崎を連れて研究室に入ると扉を閉める。
夢崎:N「研究室の中は薄暗く、校内で話す人の声が微かに届く」
遠嶋:「…はぁ…(息を整える)
遠嶋:…済まなかった」
夢崎:「…え」
遠嶋:「無理矢理連れてきてしまって」
夢崎:「あ。…いえ、大丈夫です」
一拍
夢崎:「…なぜ、私なんですか」
遠嶋:「なぜ?」
夢崎:「…私には、何もないから」
遠嶋:「何もないなんてことはない。
遠嶋:君は美しい」
夢崎:「…理解に苦しみます」
遠嶋:「不服かい?」
夢崎:「…いいえ。気持ちがいいです。
夢崎:先生を神と崇める生徒はたくさんいるのに、先生の関心は私に向いているのですから」
遠嶋:「…それは」
夢崎:「…幻滅しましたか?」
遠嶋:「いや。きっとそれは心の防衛反応だ。幻滅などしないさ」
夢崎:「…やめてください」
遠嶋:「嫌だったかな」
夢崎:「…心が、どんどん醜くなっていくんです。
夢崎:先生が美しいと言う度に、私は醜い怪物になっていく。
夢崎:私は他の生徒とは違うのだと、先生に選ばれたのだと。周りの人間を下に見て、私と言う人間が穢れてゆく。
夢崎:…折角先生が、美しいと言ってくれたのに。見つけてくれたのに…」
遠嶋:「…済まなかった。君と共にする時間が、君にとって害になると考えもしなかった」
夢崎:「そうじゃない…! 私は…! っ、(言葉に詰まる)」
一拍
遠嶋:「…前に、僕の本質は何かと聞いたね」
夢崎:「…はい」
遠嶋:「僕は、人間が好きだ。人間の営みが、愛おしいものだと感じる。宗教を学んでいるのも、人間のあがきが見えるからだと思う」
夢崎:「…」
遠嶋:「しかし、誰か特定の個人を…愛おしく思うことが…僕にとっては、難しい。
遠嶋:どれだけ好意を向けられても、それを返すことができない。いや、できなかったんだ」
夢崎:「…それは、先生に香水を贈った人のことですか」
遠嶋:「…本当に君は、よく見ている。
遠嶋:初めて受け持った生徒だったんだ。卒業してからは会っていない。風の噂で、結婚して子供がいると聞いたよ。
遠嶋:自分の想いも伝えられなかった。伝える必要はないと思った」
夢崎:「…私は、先生を一人にはしません。
夢崎:卒業しても、会いに来ます! だから…!」
遠嶋:「…」
夢崎:「他の誰にも、渡したくないんです。
夢崎:先生の隣にいるのは、いつでも私であって欲しいんです!」
少しの沈黙。
遠嶋:「ありがとう。…僕も、覚悟を決めるべきだな。
遠嶋:僕は、そんな君を愛おしいと思う」
夢崎:「…本当に?」
遠嶋:「僕は、どうすべきなのかな」
夢崎:「…その聞き方、ずるいです」
遠嶋:「そうさ、僕はずるい大人だ。しかし君が望めば、叶えてやれる」
夢崎:「…望めば?」
遠嶋:「あぁ」
夢崎、遠嶋にゆっくり口付ける。
遠嶋:「…口付けの宗教的意味としては契約や忠誠を示す、儀礼的な行為だ。裏切りを意味するユダの接吻、なんてものもあるがね」
夢崎:「…先生」
遠嶋:「失礼。しかしこれは、どちらかと思ってね」
夢崎:「…神への忠誠、と言ったら?」
遠嶋:「おや、宗教学に興味が?」
夢崎:「ありません。私の興味は、先生だけです」
遠嶋:「嬉しいことを言ってくれる」
遠嶋、夢崎を抱き寄せ、唇を数回重ねる。
夢崎:「ただの人間が、神と恋に落ちるなんて。なんだか神話みたいですね」
遠嶋:「随分、詩的な表現だね。僕の真似かい」
夢崎:「さぁ。どうでしょうか」
遠嶋:「僕に似て、意地悪になってしまったね」
夢崎:「意地悪な私はお嫌いですか」
遠嶋:「いいや。魅力的だ」
二人、微笑み合う。
夢崎:「愛しています、先生」
遠嶋:「…っ」
夢崎:「え。なんですかその顔」
遠嶋:「うるさい、構うな」
夢崎:「そんな顔初めて見ました」
遠嶋:「あああ、もう」
夢崎:「なんで。言われ慣れているでしょうに」
遠嶋:「うるさいな…知らなかったんだよ」
夢崎:「何をです?」
遠嶋:「…好いた人間から、好意の言葉を投げかけられることが、こんなに…」
夢崎:「こんなに?」
遠嶋:「こんなに…嬉しいものだとは…」
夢崎:「…ふふ」
遠嶋:「あぁ笑え。笑い飛ばしてくれ」
夢崎:「笑ったのは、ごめんなさい。
夢崎:先生が、そんな可愛い人だと知らなかったものですから」
遠嶋:「おじさんを揶揄うんじゃない」
夢崎:「おじさんじゃないです。私の、愛しい人、です」
遠嶋:「〜〜〜」
夢崎:「だから、これからもっと見せてください。先生」