バトル

彼が棲むのは黒薔薇の城

author作者:されこうべ涅槃
警告・特記事項:叫び暴力表現

ハロウィンです、吸血鬼とハンターのおはなし

配役
222
予想時間30
文字数10387 文字

登場人物

名前タップでセリフ抽出
ヒューイ吸血鬼ハンターの神父。飲んだくれ。
レイ300年眠っていた吸血鬼。
ヴァルツレイの戦友だった男
アンジュメイド。かわいい
リンナメイド。いいこ
ナレーションモブもやってください
本編
黒薔薇の城と紅月の邂逅
静かな夜。風が吹き抜ける古城の廊下。蝋燭がチリ、と揺れる
ナレーション300年の眠りは静寂を越え時をも凍らせた。ローレンツ城の主、吸血鬼レイは再び目覚める。
ガラスが砕ける音。棺の蓋が軋む
レイ(低く、ゆっくり)……久しいな、月の光よ。この匂い……人の世は、まだ愚行を続けているらしい。
レイの靴音。外から犬の遠吠え
ヒューイ(遠くから軽い声で)おやおや。ほんとにいたのか。城の主が伝説じゃなくてよかった。無駄足にならない。依頼料もたんまりもえるな。
レイ誰だ。……ここを歩く者はあまりいない。
ヒューイ登場。革のコートを翻し、酒瓶を持っている
ヒューイヒューイ・クラランス。職業は……神父兼吸血鬼ハンター。まあ、信仰より酒のほうが好きだけどな。
レイ吸血鬼ハンターが酒浸りの聖職者とは。皮肉なことだ。
ヒューイ(にやりと笑う)神様とやらは案外ユーモアのある方でね。悪魔を殴るための腕をくださったんだ。
レイ面白い。ならば、その腕……試してみよう。
ヒューイぐっ……
レイ;ははは、そんなものか!
ヒューイ;でやぁっ!
レイ;ハッ!(空を飛び避ける)
雷鳴。戦闘。風が唸り、レイが羽ばたく音
ヒューイ(息をつきながら)おいおい、空飛ぶなんて反則だろ。
レイ(余裕)吸血鬼とはそういうものだ。貴様こそ、十字架で殴るとは……神への冒涜だろう。
ヒューイ(挑発的に)神様っつーのはおおらかだ。たぶんな。
十字架がぶつかる音、レイの羽音、ヒューイの笑い
ナレーション夜の城に、二つの異なる種族がぶつかる。血と祈り、冷たさと情熱。その境界は曖昧に揺れ始めていた。
戦闘の余韻。荒れた大広間。両者、息を切らして対峙
ヒューイ(息を整えながら)はあ……。強ぇな、あんた。三百年分の寝溜めか?
レイ(口元に血を拭いながら)……貴様も、凡人ではないな。だが——少々、血を使いすぎた。
レイが膝をつく。血が床に滴る音
ヒューイおいおい、大丈夫か。生け捕る前に死なれたら、報酬がパァだ。
レイ死ぬわけがない。ただ……少し、動けんだけだ。
ヒューイが懐から酒瓶を出す
ヒューイ……飲むか?聖別してねぇワインだが、血よりはマシかもな。
レイ(呆れたように)吸血鬼に聖別したワインを勧めるのもおかしな話だろう。
ヒューイおかしいのはお互い様だろ。300年眠ってた吸血鬼が妙にお喋りだ。人恋しかったのか? 敵を殺さずお話してあげてるハンターなんざ、俺くらいだぜ。
少しの沈黙。
レイなぜ……お前は殺さず生け捕る? 我らが滅ぶことで、人は救われるのではないか。
ヒューイさあな。救われるのは、たぶん俺自身だ。昔、俺の村を吸血鬼が襲った。神に祈っても、誰も助けちゃくれなかった。だから、俺は祈る代わりに殴ることにした。殴るとだいたい死なずに生き捕れる。
レイ……哀れな信徒だ。
ヒューイああ。だが、それが俺の信条さ。
レイ奇妙な神父だ。……気に入った。次に会う時は、敵としてではなく、友として杯を交わそう。
ヒューイその時は、高いワインを用意しとけよ。血の味がしないやつをな。
ナレーション夜は終わらない。だが、血に塗れた二人の間に、確かに奇妙な温もりが残っていた。それは本当に温もりだっただろうか? もっと人間らしく言うのなら、絆とでもいうのだろうか。
教会の鐘が遠くで鳴る
ヒューイ……悪縁ってのは、案外心地いいもんだな。
レイ次に会う時を、楽しみにしているぞ……ヒューイ。
風の音が静まる
ナレーション紅月の夜、二つの魂が交わった。敵として、友として。それは——永遠の序章にすぎない。
長い間
夜。小さな町の酒場。グラスのぶつかる音とざわめき
ヒューイ(酔いながら)……だから言ったんだよ。吸血鬼なんざ、祈りじゃ倒せねぇ。殴るんだ、こうやって——(机を叩く)
酒場の主人……はぁ、また説教かい、神父さん。もうツケも限界だよ。
ヒューイ(へらりと笑う)ツケは神の御心に。……いや、悪魔の懐に、か?
外で鐘の音。扉が開く
借金取りおい、ヒューイ・クラランス!こっちはお前の神の借金を取りに来たんだよ!
ヒューイあー……早かったな。今ちょうど、奇跡でも起きねぇかって祈ってたとこだ。
借金取りああ?うるせぇなッ!(殴る)
ヒューイおお痛い痛い……ッ!(キック)
借金取り行けぇ、お前ら!ボコボコにしちまえ!
ヒューイう、っ、ぐぅぅっ……やめ……てめぇら!……くっ!
殴り合いの音。ヒューイは抵抗するも多勢に押される
借金取りもう終わりだな、神父さん。明日までに金を返さなきゃ——命で払ってもらうぜ。
ヒューイへへ、………年貢の納め時、ってかぁ……。
雷鳴。外が光る
レイ……下らんな。命を担保にするほどの価値が、貴様らにあると思うのか。
ヒューイ……お前……レイか?
借金取りな、なんだその顔……人間じゃ——!
レイフンッ……!
借金取りう、うわあああああっっっ!!!
一陣の風が吹き抜け、借金取りたちは逃げて行った。
レイ借金の取り立てに吸血鬼が出てくるとは、思わなかったとでもいいたげだな。
ヒューイはは……まさか命の恩人が“獲物”になるとはな……。で、何の用だ?俺を狩りに来たのか?
レイ狩りではない。……ただ、君が放っておけぬほど愚かだったから来た。
外。雨が降り始める。二人が街外れを歩く
ヒューイ……助けられちまったな。
あんたに借りを作る日が来るとは思わなかった。
レイ借りなど要らぬ。君は戦場で私を救った。あの夜、血を失った私を……生かしたのは君の“祈り”だった。
ヒューイ祈りじゃねぇ。単に“放っておけなかった”だけさ。けどまあ……恩には報いねぇとな。
レイなら、ローレンツ城へ来い。護衛が必要だ。人間の視点で、私の城を見張る者が。
ヒューイ俺を? 吸血鬼の用心棒に?冗談だろ。
レイ君の眼は澄んでいる。血に汚れた者ほど、真実を見抜く。……それに、君がそこにいると退屈しない。
ヒューイなるほど、退屈しのぎか。まあ、悪くねぇ誘いだな。どうせ今の俺は神にも職にも見放されてる。
雨音が強まる。ヒューイが帽子を深くかぶる
ヒューイ……なあレイ。あんた、ほんとに“化け物”か?
レイそう呼ばれるのには慣れている。だが——化け物にも、家は必要だ。
少し間を置き、レイが微笑む
レイ行こう、ヒューイ。ローレンツ城へ。君の寝床は——暖炉のそばに用意しておこう。
ヒューイ……まったく、吸血鬼に拾われる神父なんざ、聞いたことねぇよ。
ローレンツ城、夜明け前
重厚な扉が開く音。古城のホール。蝋燭が灯り、光が揺れる
レイここが、君の新しい仕事場だ。掃除、料理、護衛——どれでも好きなものを選べ。
ヒューイ……どれも無理だな。でも、ま、いいか。どうせもう、帰る場所もねぇし。
レイなら、ここに居ればいい。夜を恐れぬ者は、ここでは歓迎される。
風が止み、静寂。レイが背を向けて歩き出す。
ヒューイ……あんたの城、案外悪くないな。壊すには、惜しいくらいだ。
夜明けが近づく
ナレーションこうして、神父ヒューイは“夜の住人”として新たな居場所を得た。それは奇妙な主従であり、始まりの友情でもあった。——————ローレンツ城の夜が、再び動き出す。
朝の鳥の声。古城の廊下に埃が積もっている。
ヒューイふんふんふーん、………おぉっと、うわ、ああっ!あっ!
遠くでヒューイの歌声とガシャーン!と食器が割れる音。
ヒューイあーっ、またやっちまった!なんで皿が勝手に逃げるんだよ!? ……あれ?逃げるわけないか。気のせいか。ははっ
レイヒューイ。料理も掃除も、破壊活動ではない。君は戦場以外では実に不器用だな。
ヒューイだったら最初から雇うなよ! 用心棒って聞いたのに、やってることは皿洗いと屋根の修理だけじゃねぇか!
レイ君が負けた賭けの罰だろう?「次は勝てる」と言って、見事に負けたのは誰だ?
ヒューイへーいへい、……おっしゃる通りで。
どこからか足音。鈴のような声
リンナわあ~、すごい音!また壊したんですか、ヒューイさん♪
アンジュ“また”じゃなくて“まだ”でしょう、リンナ。この人、一週間で厨房を三回壊したのよ。
ヒューイお、お前ら誰だ!?勝手に入ってきたのか?
リンナアンジュとリンナです。ローレンツ城のメイドをしてます!
アンジュレイ様の許可もなく、城に住み着く人間なんて珍しいと思ってたけど……まさか本当に“雇われ用心棒”とはね。
レイ彼女たちは私が目覚める前からこの城にいた。少々……変わり者だが、掃除と紅茶の腕は確かだ。
ヒューイそりゃ助かるな。俺が掃除したら城ごと崩れそうだ。
夕方。中庭。レイが分厚く、難しそうな本を読んでいる。ヒューイが双子と談笑している。
ヒューイ……で、二人はなんで吸血鬼なんてやってんだ?見たとこ、年も若けぇし人間でもやっていけそうだが。
リンナ……やっていけなかったんです。昔、旅の一座に拾われて……でも、そこに“あの人”が来て。
アンジュ黒い外套をまとった男——ヴァルツ。彼が私たちを吸血鬼にした。血を与え、「お前たちは芸を超えた存在になる」と笑った。
レイヴァルツ……その名、覚えがある。百年前、幾つもの村を滅ぼした“黒の貴公子”か。
アンジュええ。その後、姿を消したけれど……私たちは彼に縛られたまま。人間にも戻れず、眷属にもなれない。だから——レイ様、お願いです。あの男を討ってください。
沈黙。レイの表情が揺れる
ヒューイレイ、お前……どうする気だ?
レイ私が滅ぼすべきは、己と同じ闇を撒く者。ヴァルツが再び目覚めているのなら——放ってはおけぬ。
ヒューイアンジュ、リンナ。お前たちは人間に戻りたいのか?
アンジュいいえ。
リンナ私たちはレイ様のお傍にいたいだけです。
ヒューイ子供は陽の光のもとで遊んでいるのがいいってもんだろ。
レイそれがすべてじゃない。彼女たちは……彼女たちの旅の一座は、もう……。
ヒューイそう、か。
アンジュほら、いきますよヒューイ!お夕飯の準備です!机を拭くくらいくらいはできるでしょう!
ヒューイわーったよ。
レイとヴァルツの過去
鐘の音。戦場の夕暮れ。風と炎の音
ナレーション戦乱の時代。幾千の命が散り、王も神も沈黙した。その中で、ただ二人の若き騎士が立っていた。ローレンツ侯爵家の嫡子、レイ。そして、彼の戦友にして友——ヴァルツ。
ヴァルツ……戦いは終わった、レイ。だが、また明日には別の戦が始まる。人間は懲りぬな。
レイそれでも、守るべきものがある。血に塗れようと……この手で光を掴みたい。
ヴァルツ(皮肉に笑う)光か。君はいつも“光”だな。だがその光は、やがて君自身を焼く。人は脆い。滅びゆく定めだ。
レイだからこそ、生きる瞬間が尊い。……ヴァルツ、永遠などいらぬ。それを求めた者は、いつか己を失う。
短い間
ヴァルツ(微笑んで)君は優しい。けれど優しさは、時に残酷だ。——永遠を拒むことは、愛の終わりを許すことだ。
ナレーションそれが、二人の運命を分けた最初の一言だった。
聖堂の鐘。真っ暗な闇にじっとりとした雨音。蝋燭の炎が揺れる。
老司祭これが“堕ちた天使の聖杯”。神に背き、永遠を願った者の血が封じられている。決して……触れてはならぬ。
レイ封印は堅牢か?
老司祭三重の祈りと銀の印で護られておる。だが——願う者の心までは封じられぬ。
ヴァルツはは、……これが、永遠の器か。人の命の、欠けた欠片を埋める杯。
レイヴァルツ、やめろ。触れれば戻れなくなる。
ヴァルツ戻る場所など、もうないさ。この血を流し尽くしても、人は変わらぬ。……ならば私は、“変わる側”になる。
レイヴァルツ——!
ナレーションガラスの割れる音。液体が滴り、風が渦巻いた。その瞬間、聖堂は崩れ、光が黒に呑まれた。そこに人ではない“何か”が誕生した。生まれて、しまったのだ。
ヴァルツああ……これが永遠。なんと美しい虚無だ。
レイその血……貴様——!
ヴァルツははは…………レイ、貴様にも永遠を分けてやろう(噛みつく)
レイ;やめ、グゥッ……!
ヴァルツが笑う。レイが押し戻そうとするが、聖杯が爆ぜ、血しぶきが飛ぶ。
ナレーションレイもまた、その血の雫を浴びた。救うために伸ばした手が、己をも呪った。
ナレーション荒れ果てたローレンツ城。人々の泣き叫ぶ声、逃げ惑う老人、雷鳴、嵐の音。これこそ、この世の地獄ともいえるさまだった。
ヴァルツ見ろ、レイ。この血、この翼。人はもはや、我らを裁けぬ。——私たちこそが新たな神だ。
レイ神ではない。貴様はただの怪物だ、ヴァルツ!
ヴァルツならば——怪物として愛してみせろ。この永遠を、君に分けてやる。
ナレーション三夜にわたり、空は血に染まった。翼が裂け、剣が折れ、かつて兄弟と呼び合った二人は、ついに別れを迎える。
レイヴァルツ!!
重い衝撃音。ヴァルツが倒れる。
ヴァルツッ、ぐ……はは、ここまでか。……やはり、君は美しいよ、レイ。その悲しみも、刃も、すべてが芸術だ。
レイ(震える声で)黙れ……もう語るな。お前が望んだ永遠は、ここで終わる。
ヴァルツ終わりなどないさ。“永遠”は君の中に残る。私の血も、君の涙も、同じ夜に溶ける。……ふ……ッ(倒れる)
ナレーション雷が遠ざかり、夜が静まった。レイは封印の印を刻み、ヴァルツを永い眠りへと送った。
レイ(祈るように)……お前の望んだ“永遠”は、呪いにすぎぬ。この罪、共に背負おう。お前が眠るなら、私もまた闇に還ろう。
ナレーションこうして、ローレンツ城は沈黙した。光を信じた男と、永遠を渇望した男。二つの魂は、同じ夜に囚われたまま、三百年の時を越え、再び相まみえる運命を待つ。
ナレーション幾月かすぎた夜、すべての仕事をなんとか終わらせ、眠い目を擦り、ヒューイは礼拝堂に向かう。そこにはレイが座っていた。
ヒューイ……妙だな。ここに来てから、夢を見るようになった。血に濡れた聖杯、黒い翼、そして……あんた(レイ)みたいな男が泣いてる。
レイそれは——ヴァルツの記憶だ。彼の血は、君の家系にも流れている。
ヒューイ……何だって?
レイ君の祖先、アウグスト・クラランス。彼はヴァルツに仕え、やがて裏切った。ヴァルツはそれを“愛の裏切り”と呼び、永遠に憎んだ。その憎しみが、君に届いている。
ヒューイ(苦く笑い)なるほどな。俺の酒癖の悪さも、悪運も、ぜんぶその血のせいか。
レイ;酒癖は違うだろう。
ナレーションそのとき、風が吹き、月光がゆらめく。
ヴァルツ(幻の声)クラランスの血……また私を封じるか。だが、今度は君を芸術にしてやろう。
ヒューイあぁ?ふざけんな。俺は神の使いでも、悪魔の操り人形でもねぇ!——俺は俺だ!
レイ……そうだ。だからこそ、君は私の傍にいていい。
ナレーション過去は血を縛る。だが、心は誰のものでもない。それが、吸血鬼と人間——ふたりを繋ぐ唯一の絆だった。
ナレーション紅月(こうげつ)の夜、古き封印が軋んだ。ローレンツ城の奥深く、かつて沈黙していた血が再び、名を呼び始める。
アンジュリンナ、封印の部屋が……! 銀の鎖が、ひとりでに——!
リンナ(怯えた声で)まさか……主様の、昔の友——?
雷鳴がとどろく
アンジュ“ヴァルツ”……。あたしたちをこんな体にした、あの男が——戻ってくるのね。
場面転換 夜
ヒューイ(欠伸)……寝酒を切らしたと思ったら、今度は地鳴りかよ。城ってのは落ち着かねぇな。(立ち止まり、何かに気づく)……空気が重い。血の匂いがする。——おい、レイ。何か隠してねぇか?
レイ封印が……揺らいだ。ヴァルツが目覚めようとしている。
ヒューイヴァルツ?お前の昔の友ってやつか。(苦笑)なるほど、今夜は懺悔の夜ってわけだな。
レイ笑い事ではない。あの男は、永遠を喰らう。血を、魂を、美と呼ぶ狂気だ。……アンジュとリンナも、彼の手によって生まれた。
ヒューイ……それで、今もあんたの傍にいる。愛憎入り混じったご家庭だな、レイさんよぉ。
レイ……だからこそ、今度は止めねばならぬ。罪の続きは、私が引き受ける。
ヒューイいや、あんた一人の罪じゃねぇ。そいつを封じた俺の血にも、同じ業がある。……見届けてやるさ。俺の祈りで、あんたの過去ごと、終わらせよう。
鐘が鳴る。月光が差し込む。
礼拝堂。二人の少女の声。雨音が外で響く。
リンナ主様は、怖くないの? ヴァルツが戻ること。
レイ恐れているよ。だが、恐れなければ償いはできない。
アンジュ(鋭く)償いなんて要らない。あたしたちはあいつに“壊された”。なのに、あんたはまだ友達面するの?
レイ……あの日、彼を斬ったのは私だ。だが、その前に、彼を救えたはずだった。それが、私の罪だ。
アンジュじゃあ、あたしたちは? ヴァルツの“芸術”の残骸よ?どうやって救うの?どうすれば、あたしたちは救われるのよ……!
沈黙。そこへヒューイが入ってくる。
ヒューイ救いなら簡単だ。今を生きりゃいい。過去は墓の下、未来は酒瓶の底だ。
アンジュ(呆れ)……あんた、ほんとに神父?
リンナやっばいですね……
ヒューイああ、一応な。だけどな、神も悪魔も、どっちもろくなもんじゃない。だから俺は、“信仰”を人に預けねぇ。自分で決める。
リンナ……不思議。あなたの言葉、ヴァルツのいうことに似てる。
ヴァルツ(幻のように)ああ、懐かしい響きだ。クラランスの血。裏切りの聖職者の末裔よ、ようやく来たな。
ヒューイ(息を呑む)……おい、今の声は。
レイ(剣を抜く)封印が完全に——解けた!
ヴァルツ(艶やかに笑って)久しいな、レイ。そして、私を縛ったクラランスの血よ。見目は違えど、香りは同じだ。
レイヴァルツ……!なぜ再びこの世に現れた。
ヴァルツ(ほほえんで)芸術は、終わらぬものだ。君が私を封じても、君の涙が“私の永遠”を呼び覚ました。
ヒューイやれやれ。物語の中に帰る気はねぇのか?
ヴァルツ;(愉快そうに)おや、滑稽な司祭だなぁ。その舌の軽さ、まるで……私が愛した“人間”のようだ。
レイやめろ。彼に触れるな。その血を……穢すな!……ハッ!(羽で攻撃する)
ヴァルツ(かわして)穢す? 違うさ。私は、血を“美”に変える。彼の魂もまた私のキャンバスになる。
アンジュやめて! あたしたちのようにしないで!
ヴァルツああ、可愛い私の作品たち。君たちはまだ、完成していない。
レイフッ……!!(レイが飛び出し、剣が火花を散らす)
レイ(怒りを抑えて)貴様を、再び眠らせる。この罪ごと、私の手で。
ヴァルツハハハハハ、そんなものか?!
レイ黙れ、貴様など、二度と目覚めてはならなかったのだ……ッ!
ヴァルツ;さぁ、打ってこい! もっとだ! レイ!
レイッ、ハァ、……くッ、……だぁぁぁぁッ………!
戦闘。血の雨。ヒューイが二人の戦闘を見て十字架を構える。
ヒューイ(祈るように)神よ、俺は信じていないが……今だけは、力を貸せ。
ヴァルツハハハハハハハッ、祈りとは、美しい絶望だ。見せてみろ、司祭、君の“信仰”という名の芸術を!
アンジュやめてぇぇっっっ!!!
リンナ……誰も、もう傷つけないで!
音が消える。沈黙。霧が晴れ、ヴァルツが片膝をつく。
ヴァルツ(微笑み)ああ……ははは………美しい。赦しと罪、光と闇が交わる瞬間……。レイ、君はやはり私の最高傑作だ。
レイ(静かに)お前の“美”は、誰かの悲しみの上にある。だから、私はそれを許さぬ。
ヴァルツ(高らかに)嗚呼、紅い月よ!この夜こそ、永遠の美が蘇る!レイ、君の涙も、あの双子の痛みも、すべて——私の芸術だ!
レイ貴様が美と呼ぶのは、他者の苦しみだ!その血に救いはない!
ヒューイ……もう黙れ。神も芸術も関係ねぇ。俺は、“今ここにいる命”のために祈る!
ヒューイ(祈りの詠唱)「赦し給え、主よ。血に溺れた者を、そして血を流す者を、同じ光の中に還したまえ!」
ヴァルツなにを……この光、まさか——!
アンジュとリンナがヒューイの背後に駆け寄る
アンジュ(震える声)ヒューイ、やめて! その祈りじゃ、貴方も——!
ヒューイいいんだ。祈りってのはな、誰かを救うためにあるんだよ。誰か“ひとり”の、な。
光がさらに強くなる。リンナが胸に手を当てる
リンナだったら……あたしたちも、その“誰か”になりたい。姉さん。
アンジュ……わかってる。この血、あいつに返そう。“造られた命”でも、誰かを救えるなら。
光が双子を包み、風がうねる。ヒューイが驚く。
ヒューイおい……お前ら、なにを——!
アンジュ祈りの光に……なれるなら、それでいい。ありがとう、ヒューイ。レイ様を、お願いね。
リンナレイ様……あたしたちの願い、どうか届いて。
(光が爆ぜ、静寂。ヴァルツの叫びが消える)
ヴァルツヴぁぁぁぁっッッ……く、……う、……次に見る、夢の、中で、また……会おう。——クラランスの血と共に。(絶命)
夜明け。鳥の声
ナレーション紅月は沈み、夜が明けた。封印は再び閉ざされ、しかし、その影は確かに残った。
レイアンジュ……リンナ……。彼女たちは、祈りになったのか……。
ヒューイ(ため息とともに静かに十字を切る)消えたんじゃねぇさ。お前を守る光になった。ほら……見ろよ。
ナレーション窓辺に差す朝日、そこに二つの小さな羽根が落ちている。それは、紅月の夜に消えた双子の最後の証。血に生まれ、祈りに還った二つの魂。
レイあの子たちは、ヴァルツが奪った命じゃない。自らの意思で、救いを選んだ。
ヒューイ(空を見上げて)信仰ってやつは、こういう時のためにあるんだな。……俺はやっぱり、まだ神を信じてないけどよ。
レイだが、君の祈りは確かに届いた。それで充分だ。
ヒューイ……ったく、命がいくつあっても足りねぇな。(小さく笑って)けどまぁ、“芸術”よりは、“生きる方”がマシだな。
レイ(悲しみに暮れた声で、ただ悲しみを見せすぎず)……その言葉、彼にも聞かせてやりたかった。
ナレーション紅の夜は終わりを告げた。血の鎖は再び封じられ、祈りは風となって、今もこの城を守る。それは、罪と救いのあいだに生まれた
——小さな“希望”の光。罪も、芸術も、信仰も、すべては“生きる”という一点で交わる。それが、紅月の夜に残された——小さな祈りの形だった。
季節は巡り、あの紅い月の夜から一年。ローレンツ城は、珍しく穏やかな空気に包まれていた。その日は、人間の街で「ハロウィン」という祭が行われる夜。お菓子と悪戯と、ちょっとした魔法が街を満たす——そんな夜。
ヒューイ(もぐもぐ)うめぇ……。なあレイ、ハロウィンっていいな。みんな仮装して、血を吸っても許される日なんだぜ。
レイその理屈は間違っている。血を吸えば通報される。
ヒューイ……夢のない吸血鬼だな。
コン、コン、と城門を叩く音
ヒューイん? 珍しいな、客か? まさか“トリック・オア・トリート”か?
レイこの城に来る子供がいるとは思えないが。
扉が開く。風の音とともに、二つの小さな影。
アンジュ(元気に)トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと、包帯でぐるぐるにしちゃうぞっ!
リンナあっ、もうぐるぐるだった。へへっ。(くすくす笑い)
ヒューイ(驚きと笑い)おいおい……なにその格好! 本物の包帯ミイラか? いや、ちょっと待て。……透けてない? お前ら、後ろの壁見えてんぞ!
レイ……まさか、透明人間?
アンジュそうだよ! でも包帯巻いてないとぶつかっちゃうんだもん。ハロウィンだから、ちょうどいいかなって!
リンナねぇねぇ、ここって“ローレンツ城”?夢で見たのと同じだよ、お姉ちゃん。
0;レイとヒューイ、一瞬沈黙。「…………」
ヒューイ(小声)おい、レイ……あの口調、あの笑い方……。
レイああ、間違いない。あの夜の風が、また戻ってきたようだ。(柔らかく笑う)