恋愛

ひとひらの言の葉

author作者:かさねちえ
単発作品

●時代背景 明治初期、鎖国を解き、様々なモノが目紛しく変化していく時代。 「聖人、南面して天下を聴き、明に嚮ひて治む」 易経という中国の古い書にある言葉で、『明治』という元号の元になっており、「天皇が南に向いていれば、世の中すべて良い方向にいく」という意味

配役
110
予想時間60
文字数17036 文字

登場人物

名前タップでセリフ抽出
沙結良崋咲 沙結良《かさき さゆら》 由緒ある貴族『崋咲家』の現当主。 齢七つにして当主になった少女。 当主としての役目を果たすべく、年齢とはそぐわない振る舞いや言動を取る。 気丈に振舞う癖がついており、本心を吐露することはない。
桐馬藤上 桐馬《ふじがみ とうま》 崋咲《かさき》家の分家、藤上家から崋咲に婿入りした青年。 現在十八歳。ものごしが柔らかく心優しい性格をしている。 沙結良には歳相応の楽しさや生き方をして欲しいと思っており、力になりたいと尽力する。
本編
沙結良N「聖人せいじん南面なんめんして天下てんかき、めいむかおさむ―――」
桐馬N「閉鎖された島国に、突如訪れた外来文化。
桐馬
桐馬散切ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化ぶんめいかいかの音がする』
桐馬
桐馬様々なモノが目紛しく変化していく、そんな時代の中、
桐馬変わらずに、り続けるモノもある。」
1. 出会い
沙結良「お初にお目にかかります。
沙結良崋咲かさき家当主の、沙結良さゆらと申します。」
桐馬N「そう言って頭を下げたのは、よわいななつの少女だった。」
沙結良「がっかりされましたか?
沙結良当主がこのような子供で。」
桐馬「…なぜ、そう思われるのです?」
沙結良「誰が見ても、そう思うでしょう。
沙結良現に貴方とはとう程も離れております。」
桐馬「歳は関係ありません。
桐馬崋咲かさき家の本家・分家問わず、『力』の強い者が当主となる。
桐馬そして現在の当主が貴方だった。それだけの事です。」
沙結良「…そうですね。」
桐馬「改めまして、桐馬とうまと申します。
桐馬本日より、こちらでお世話になります故、どうぞ、よろしくお願い致します。」
沙結良「では、桐馬とうまさま、」
桐馬桐馬とうま、とお呼びください。」
沙結良「…桐馬とうま…さん。」
桐馬「はい。」
沙結良「使いの者に屋敷を案内させます。
沙結良桐馬とうまさんに使って頂く部屋もございますので、本日はそちらでお休みください。」
桐馬「ありがとうございます。」
沙結良「では…(使いの者を呼ぼうとする)」
桐馬「(遮って)沙結良さゆらさん。」
沙結良「…はい。」
桐馬「これから、よろしくお願い致します。」
沙結良「…よろしく、お願い致します。」
桐馬M「これが、私の妻となる、沙結良さゆらさんとの出会いだった。
桐馬先代当主が亡くなり、一族の中から新しく当主となる者が決まると、家督かとくを継承すると同時に、婿を取るのが崋咲かさき家の習わしだ。
桐馬崋咲かさき女系じょけいの家であり、代々、女を当主としてきた。
桐馬そして当主には『ある役割』があり、そのための『特別な力』を持つ。」
沙結良M「本日この家に、新しく家人かじんとなる方が来た。
沙結良私の、婿となる方だ。
沙結良歳は十八。
沙結良分家に当たる藤上ふじがみ家の方で、物腰の柔らかい印象を受けた。
沙結良そして、こんな私を見ても驚く様子はなく、軽く笑みを浮かべた中性的な顔立ちに、私の不安は、少なからずやわらいだ。」
沙結良「それでも、心のうちまでは分からない…
沙結良どう思われたかなんて、誰にも分からないわ。」
沙結良M「そんな、ひねくれた言葉を吐いて、部屋を出た。」
2. 崋咲
桐馬「おはようございます。」
沙結良「おはようございます。
沙結良お早いのですね。昨夜は眠れましたか?」
桐馬「はい、お陰様で。
桐馬部屋もとても立派で…何というか、気遅れしてしまいますね。
桐馬屋敷も広く、迷うばかりです。」
沙結良「広いだけが取り柄の家です。
沙結良表には決して立てない家柄のせいでしょう。
沙結良この屋敷は崋咲かさき家の、貴族としての意地なのです。
沙結良……とてもくだらない、意地。」
桐馬「意地…ですか。」
沙結良「この屋敷には、多くの要人ようじんがおいでになられます。
沙結良それなりの『格』を、保たなければなりません。」
桐馬「なるほど。」
沙結良「…朝からつまらない話をしてしまいました。」
桐馬「いいえ、つまらなくなどないですよ。」
沙結良「…桐馬とうまさんは奇特きとくな方ね。」
桐馬「そうでしょうか?」
沙結良「ええ。…とても奇特きとくな方…」
沙結良M「そう呟くと、桐馬とうまさんと共に、食堂へと向かった。」
沙結良「本日、十四時に来客があります。
沙結良桐馬とうまさんも同席されるよう、お願いします。」
桐馬「分かりました。…依頼、ですか?」
沙結良「ええ。
沙結良客人を迎える前に、道具の準備をしますので手伝って頂けますか。」
桐馬「分かりました。」
桐馬M「朝食を食べ終わると、ある部屋へと案内された。」
沙結良「ここが、『ふだ』の保管に使用している部屋です。
沙結良普段は人の出入りが無いよう、厳重に鍵をかけています。」
桐馬M「沙結良さゆらさんはそう言って、部屋の鍵を開ける。
桐馬窓がなく、薄暗い部屋の中には、木製の棚が壁一面を覆い、その造りから、とても古いモノだと見受けられた。」
沙結良「こちらの棚には『使用済みの札』が保管されております。
沙結良未だに、浄化されていない札も含まれておりますので、決して触れぬよう、ご注意願います。」
桐馬「この棚の全てに、札が入っているのですか?」
沙結良「はい。これまで使用された、全ての札が収めてあります。
沙結良…そして、こちらが『新しい札』の入った棚になります。」
桐馬M「たくさんある引き出しの中から一つ、スッと手前に引くと、中にはふちに模様のえがかれた、縦長の和紙が数十枚程入っており、沙結良さゆらさんはその札を数枚取り出した。」
沙結良「急を要する場面もあるため、代々、当主自ら札をえがき、常に一定量を保持しています。
沙結良これから、桐馬とうまさんにも札に触れる機会がありましょう。札の在処ありかと扱いには十分お気を付けくださいませ。
沙結良汚れた札や、欠損のある札は効力を為しません。」
桐馬「分かりました。」
沙結良硯箱すずりばこはこちらです。」
桐馬「これも、持っていくんですか?」
沙結良「はい。使用するかどうかは、依頼者の話を聞いてからになりますが…」
桐馬「なら、これは私が持ちましょう。」
沙結良「…ありがとうございます。」
桐馬「もっと頼ってください。
桐馬私は貴方の夫です。それに、当主のために動くことが、私の役割ですから。」
桐馬M「『当主のために』。咄嗟に出た言葉だが、その想いに偽りはない。
桐馬だがその想いよりも、目の前にいる小さな少女に課せられた重圧を、子供とは思えないほど畏まった彼女の振る舞いを、ほどいてあげたい。そう、思ったのだ。」
桐馬「本日の来客は、『ハズレ』でしたね。」
沙結良「『ハズレ』…ですか。
沙結良問題を抱えた客人のほうが、余程『ハズレ』ですわ。」
桐馬「っ!これは失敬…
桐馬気を悪くされたのなら謝ります。」
沙結良「いえ。謝る必要はありません。
沙結良はらいの儀式』を見たかったのでしょう?」
桐馬「…」
沙結良崋咲かさき家は呪いの祓い、『呪いの肩代わり』を請け負う一族。その内に『アタリ』のかたもお見えになる事でしょう。」
桐馬沙結良さゆらさん!」
沙結良「…はい。」
桐馬非礼ひれいを詫びます…
桐馬私の配慮不足です、申し訳ありません!」
沙結良「…先程申し上げた通り、謝る必要はありません。
沙結良顔を上げてください。」
桐馬M「頭を上げると、少し悲しそうな表情をした沙結良さゆらさんの顔が見えた。
桐馬すぐにきびすを返し、足早に『例の部屋』へと歩いて行くのを、見送る事しか出来なかった。」
沙結良M「桐馬とうまさんが口にした『ハズレ』という言葉に、胸がチクリと痛んだ。
沙結良特殊な儀式を生業なりわいとしているモノに向けられる、好奇の目には慣れているはずだった。
沙結良桐馬さんが『身内』となって、私は浮かれていたようだ。
沙結良涙をグッと堪え、道具を片付ける。
沙結良桐馬とうまさんは追って来なかった。
沙結良それで良かった。弱みを見せてはならない。
沙結良当主としてあるべき姿を体現しないといけないからだ。
沙結良あれ以上踏み込まれたら…涙が出ていたと思うから…」
3. 普通の幸せ
桐馬M「華咲かさき家に婿入りしてから数日が過ぎた。
桐馬華咲かさき家は都心にあるものの、郊外に土地を持ち、森に囲まれ、人を寄せ付けない造りになっている。
桐馬『呪い』を取り扱う家柄ゆえの事だろう。
桐馬屋敷の裏手には小さな厩舎きゅうしゃがあり、街には馬車で移動する。
桐馬沙結良さゆらさんは普段家にり、教師をお迎えして御勉学をされているようだった。」
桐馬M「縁側に座り庭を眺めていると、沙結良さゆらさんがやってきた。」
沙結良「屋敷には慣れましたか?」
桐馬沙結良さゆらさん!
桐馬ええ、だいぶ慣れました。
桐馬沙結良さゆらさんは、街には行かないのですか?」
沙結良「ええ。…呪われた家の者が、矢鱈やたらと人の多い所に行くものではありません。」
桐馬M「そう言った沙結良さゆらさんの瞳は、寂しげだった。」
桐馬「人の多い場所に行くと、何か不都合があるのですか?」
沙結良「いえ、不都合はありませんが…」
桐馬「ありませんが?」
沙結良「こんな家柄の者だと分かれば、白い目で見られる事は分かり切っていますから…」
桐馬「…以前、何かあったのですか?」
沙結良「…当初、私は他の生徒と同じく、街の学校へ通っていました。
沙結良ですが他の生徒の親が、『華咲かさきの者とは関わるな』と自分の子供に言ったのです。
沙結良それから、学校に、私の居場所は無くなりました。」
桐馬「そんな…」
沙結良「実態の分からぬものには『恐怖』を感じるものです。華咲かさきは『呪いを祓う』事を稼業としていますが、『呪い』を扱うという事が、印象を悪くするのでしょう。」
桐馬「…」
沙結良「だから先生には屋敷に来て頂いています。
沙結良ですが、それすら『特別待遇』だと、良く思わない人もられます。」
桐馬「そんな…」
沙結良「先生にお手間を取らせているのは事実ですから。申し訳なく思っています。」
桐馬沙結良さゆらさんが気にする事ではありません。
桐馬迫害を受けるいわれはありません!」
沙結良「…仕方のない事です。」
桐馬沙結良さゆらさんはそうやってなんでも飲み込んで…一人で苦しまないでください…」
沙結良「…慣れていますから。」
桐馬「そんな事に慣れないでください…私では力不足かも知れませんが、私は貴方と共にります。」
沙結良「…桐馬とうまさん?」
桐馬「もっと頼ってください。私にも、他の者にも。
桐馬少なくともこの屋敷には、貴方の味方しか居ませんから…!」
沙結良「…お優しい言葉をかけてくださるのですね。」
桐馬「普通の事しか言っていませんよ。」
沙結良華咲かさきの人間と言うだけで、ある者は避け、ある者は媚を売る。
沙結良今までそんな者をたくさん見てきました。それが人間の性なのですよ。」
桐馬「私はずっと、沙結良さゆらさんのお側にいます。
桐馬沙結良さゆらさんが他の者となんら変わらないという事も…
桐馬いいえ、他の者より色んな物を背負い耐えている事も、屋敷の者には優しい一面がある事も、私は知っていますから…」
沙結良「…ありがとう、桐馬とうまさん。」
桐馬「出過ぎた真似かもしれませんが…」
沙結良「いいえ、嬉しいです。」
桐馬「…それなら、良かったです。」
沙結良桐馬とうまさんは屋敷に居て退屈ではありませんか?」
桐馬「今はまだ、覚えることが多いので…
桐馬ですが、いつか沙結良さゆらさんと一緒に、街へ出掛けてみたいですね。」
沙結良「え?」
桐馬「屋敷に籠りきりでは、体に悪いですよ。」
沙結良「あぁ…」
桐馬「…いや…すみません、ちょっとこれはズルかったですね…」
沙結良「…え?」
桐馬「私達は夫婦ですから。
桐馬沙結良さゆらさんと一緒に、街を歩きたいと思ったのですよ。」
沙結良「っ!」
桐馬「…照れていますか?」
沙結良「…照れてなどいません…」
桐馬「私は照れています。」
沙結良「…ふっ。」
桐馬「笑いました?」
沙結良「だって……可笑しな方だわ。」
桐馬「どうぞ笑ってやってください。
桐馬私は、貴方の笑った顔が見たいのです。」
沙結良「…よくそんな歯の浮くような言葉が言えますね。」
桐馬「心外ですね。思った事を言っただけですよ。」
沙結良「貴方は私の心を乱すわ。」
桐馬「それは嬉しき事です。」
沙結良「…今まで貴方のような方に出会った事がないわ。」
桐馬「あはは、そうですか。私はね、沙結良さゆらさん。
桐馬貴方に『普通の幸せ』というものを知って欲しいのですよ。」
沙結良「『普通の幸せ』、ですか。」
桐馬「はい。私はその横で、貴方を支えますから。」
沙結良桐馬とうまさんって、意外と頑固な方なのね。」
桐馬「頑固、ですかねぇ?」
沙結良「ええ、頑固だわ。」
桐馬M「そう言うと、沙結良さゆらさんは立ち上がり、自室へと戻って行った。」
沙結良M「『普通の幸せ』…そんなものを私が願っていいものなのか…
沙結良今まで考えた事もなかった。
沙結良でも桐馬とうまさんの真剣な顔を見ていると、『普通の幸せ』を願ってもいいのかもしれない、そうなれるのかも知れない…そんな気がしてくる。
沙結良求めてはいけないと今まで必死に蓋《ふた》をしてきた感情が溢れ出てきそうになる。
沙結良私はそれが怖かった。今までの覚悟が脆くなり、いつか自分が良くない感情に潰される、そんな事を考えて、不安がこみ上げてくる。
沙結良桐馬とうまさんが来てから、私はどんどん弱くなる。
沙結良そんな事を思いながら息をいた。」
4. 祓いの儀式
桐馬M「本日も来客がある。夕食前の十七時頃。
桐馬沙結良さゆらさんと共に準備をし、客人を迎えた。
桐馬客人は、当主として出迎えた沙結良さゆらさんを見て驚き、更に不満を溢した。
桐馬『こんな子供に何ができるのか』と。
桐馬そんな言葉を吐かれても沙結良さゆらさんの態度は変わらず落ち着いている。
桐馬当主としての振る舞いを重んじる沙結良さゆらさんの芯の強さを感じた。」
沙結良華咲かさきの家業に歳は関係ありません。
沙結良不満であればお引き取り頂いて構いません。
沙結良華咲かさきは代々、多くの要人に取り憑いた呪いを祓ってきました。
沙結良私も華咲かさき家の当主として、儀式を執り行うまでです。
沙結良貴方には複数の呪いが取り憑いているとお見受けします。
沙結良心当たりがあるからこそ、本日屋敷へいらしたのではありませんか?」
桐馬M「沙結良さゆらさんの言葉に客人は表情を固くし、押し黙った。
桐馬どうやら図星のようだった。」
沙結良「まず、生き霊が二体ほど憑いています。
沙結良生き霊は強い想いによって本人の意思とは関係なく取り憑きます。
沙結良これらは問題なく祓う事ができます。」
桐馬M「そう言いながら、沙結良さゆらさんはすずりに水を数滴垂らし、ゆっくりと墨をり始める。」
沙結良「そして問題なのは…呪いです。
沙結良これは明確に『貴方を呪う』と意思を持った者が、術者に頼み呪ったもの。
沙結良憑いた呪いを跳ね返すには危険を伴います。
沙結良…人を呪わば穴二つ。
沙結良呪われた者も、呪った者も、ろくな死に方はしません。
沙結良ですから札に移すのです。
沙結良強い呪いは札に移し、長い月日をかけて祓います。」
桐馬M「沙結良さゆらさんが、新しい札に客人の氏名を書くと、客人の指先を小刀で切り、血液が滲んだ指先を、札に押し付けた。」
沙結良「これで貴方に憑いていた呪いは、この札に移りました。
沙結良呪いの効力を完全に失くすまで、こちらで管理し祓います。」
桐馬M「屋敷の者が、手際良く傷の手当てを施す。」
沙結良「これで儀式は終了です。
沙結良また何かあれば、いらしてください。」
桐馬M「そう言われた客人は、来た当初とは打って変わり、安堵あんどの表情を浮かべると、沙結良さゆらさんの手を取り、感謝の言葉を述べた。」
沙結良桐馬とうまさん。今回の札には呪いが憑いています。
沙結良これは当主である私にしか触れる事ができません。
沙結良他の者が札に触れれば、呪いはの者に移ってしまうからです。
沙結良なので…他の道具の片付けをお願い出来ますか?」
桐馬「はい、分かりました。」
沙結良「…先に、例の部屋へ行っています。」
桐馬M「こうして少しずつ、沙結良さゆらさんが私を頼りにしてくれることを、嬉しく思いながら道具を片付けた。」
5. 家族
沙結良M「今朝、母と祖母の夢を見た。
沙結良華咲かさき家の当主となり、本家に来てから、一度も家族とは会っていない。」
桐馬M「華咲かさきの屋敷は広い。広大な土地に建てられた屋敷。
桐馬ここへ来て、屋敷の造りに慣れた頃、庭が見渡せる縁側に一人座り、ぼんやりと庭を眺める時間が増えた。私の特等席だ。
桐馬それが今朝、思わぬ先客がいた。」
桐馬「おはようございます、沙結良さゆらさん。」
沙結良桐馬とうまさん…おはようございます。」
桐馬「珍しいですね、沙結良さゆらさんがここに居るのは。」
沙結良「…」
桐馬沙結良さゆらさん?」
沙結良「(虚げに)…ええ…
沙結良(我に返って)ええ、そうね。…なんだか、庭を見たくなって。」
桐馬「そうですか。
桐馬…何か、ありましたか?」
沙結良「どうして…そう思うの?」
桐馬「うーん…ほら、急に『庭が見たくなった』って。
桐馬何かきっかけがあったのではないかと思いまして。」
沙結良「…そうね…
沙結良今朝見た夢のせいかもしれないわ。」
桐馬「夢?どんな夢を見たのですか?」
沙結良「実家の…母と祖母の夢。」
桐馬「…良くない夢でしたか?」
沙結良「いいえ。…でも、なんだか懐かしく感じて。
沙結良華咲かさきの本家に来てからは、一度も会っていないから。」
桐馬「そうだったのですね。この屋敷へ来るのは、骨が折れますからね。」
沙結良「ええ。
沙結良当主の私が、そうそう本家を離れる訳にはいかないし…祖母は足が悪くて。
沙結良だから、これから先、会う機会が、ないのかもしれない。
沙結良それこそ、次に会うのは祖母が亡くなる時なのかも、なんて、考えてしまって。」
桐馬「…ご家族がどんな方か、聞いてもいいですか?」
沙結良「祖母は…華咲かさきの力の象徴とも言える『当主』となる事を、重要視していたわ。
沙結良裏方で華咲かさきを支えるのではなく、当主となることに、とても固執していたの。
沙結良けれど、祖母も、母も、その力が弱かった。
沙結良そして母は何かを覚える、という事が苦手な人だった。
沙結良だから祖母は、母に対してとても厳しく接していたわ。
沙結良そのせいね、強い力を持って生まれた私に、祖母は毎日毎日、朝から日が暮れるまで、色んな事を教えてくれた。」
桐馬「そうだったんですね」
沙結良「母も、幼い私が覚えやすいようにと、札の模様の描き方を歌にしたり…
沙結良…母は当主になるような力や素質は無かったけれど、それでも華咲かさきに関わる者として、自分の役割を全うしようとしていたわ。
沙結良母なりに、色々考えて。」
桐馬沙結良さゆらさん。話すのがお辛いようなら…」
沙結良「いいえ大丈夫、辛くはないわ。」
桐馬「なら、良かった。」
沙結良「…私が華咲かさき家の当主に選ばれた時、祖母はとても喜んでくれたわ。
沙結良もちろん母も喜んでくれたけれど…
沙結良祖母は自分の家から『当主』が出る事に、強く拘っていたから。
沙結良私は当主になったけれど、母は…その見込みも無かった母は、辛い思いをしてきたのではないかと、そう、思っていたの。
沙結良でも記憶の中の母は、いつも笑顔で。」
桐馬「優しい方だったのですね。」
沙結良「そうね、とても優しい人だった。
沙結良祖母が優しくない、という訳ではないのだけれど…
沙結良祖母は、当主になれなければ、価値はないと思っているようだったから。」
桐馬「…」
沙結良「(一息吸って)…ごめんなさい、私ばかり喋ってしまったわ。」
桐馬「いいえ、沙結良さゆらさんの話、もっとたくさん聞きたいと思っていますよ。」
沙結良「…ありがとう。」
桐馬「夢にご家族が出てきて、懐かしくなって。少し、寂しく感じたのかもしれませんね。」
沙結良「そうね…だからこうやって、のんびり庭を見たくなったのかも知れないわ。」
桐馬「ここの庭は広い。手入れもしっかりされていて、ゆっくりと眺めるには、うってつけの場所ですからね。」
沙結良「…桐馬とうまさんがここに居る事が多いのって…」
桐馬「私も、ゆっくり庭を眺めているんです。
桐馬心が落ち着きますから。」
沙結良「そう…そうね…」
桐馬「…落ち着きました?」
沙結良「え?」
桐馬「夢を見て、いつもと違う朝を迎えて、きっと沙結良さゆらさんは落ち着かなかったんでしょう。
桐馬…庭を眺めて、落ち着きましたか?」
沙結良「…そうね、落ち着いた、と思う。」
桐馬「それは良かった。」
沙結良桐馬とうまさんのご家族は、どんな方なの?
沙結良あ、無理にとは、聞かないけれど…」
桐馬「ははっ、至って普通ですよ。普通の家庭。
桐馬それでも、華咲かさきの婿になると聞いた時は、皆、喜んでくれました。」
沙結良「…そう。」
桐馬「私も、婿に選ばれて、沙結良さゆらさんと出会えて、嬉しく思っています。」
沙結良「(照れて少し俯きながら)…また…よくそんな事が言えるわね…」
桐馬「本当の事ですから。」
沙結良「…ならいいけど。いいけれど…!」
桐馬沙結良さゆらさん?」
沙結良「私は…不安だったわ。」
桐馬「…それは、私の印象ですか?」
沙結良「そうじゃなくて…
沙結良…婿となる方が、私を見て、どう思うのか。」
桐馬「可愛らしい方だと思いましたよ。」
沙結良「…っ、そうじゃなくて…」
桐馬「?…違うんですか?」
沙結良「…こんな子供の相手をさせられて、がっかりするんじゃないかと…
沙結良そう、思っていたから…」
桐馬「ふふっ、それは杞憂でしたね。」
沙結良「…私も…」
桐馬「ん?」
沙結良「私も、婿となる方が、貴方で良かったわ。」
桐馬「…沙結良さゆらさん…」
沙結良「…っ。それじゃあ、私は朝食まで部屋にいますっ」
桐馬M「そう言うと、沙結良さゆらさんは廊下を駆けて自室へと戻って行った。」
桐馬「…沙結良さゆらさんが自分の想いを口に出すなんて…珍しい…
桐馬ふふっ。少しは気を許してくれたのかな…」
桐馬M「家族の事を『話すのが辛い』と言ったのは、自分に対して発した言葉なのかも知れない。
桐馬…咄嗟についた嘘。
桐馬うちの家庭は決して『普通』ではなかった。
桐馬それを人に話すのは、誰の得にもならないからと、そんな理由を付けて口を閉ざした。」
桐馬「雨の匂いがする…」
沙結良「私ったら、なんであんな事言ったのかしら。」
沙結良M「婿となる方が、貴方で良かった。
沙結良本当にそう思っている。
沙結良けれど、それを口に出すなんて…
沙結良ああ、きっと桐馬とうまさんが素直な言葉を口にする方だから。
沙結良そして、そんな桐馬とうまさんに心を許し始めている自分がいる。」
沙結良「だからって…!」
沙結良「(呟くように)…だからって、あんな事…口に出すものじゃあないわ…」
沙結良M「私は火照ほてった顔を手で押さえ、自分の発した言葉と、それを投げかけた時の桐馬とうまさんの顔を思い出し、恥ずかしさに耐えていた。」
6. 呪い返し
桐馬M「華咲かさき家が呪いの肩代わりを始めて数十年経った頃、まれに、親族の間で『死』の呪いが発現はつげんするようになった。
桐馬華咲かさきが肩代わりした呪いは全て、時間をかけて浄化する。
桐馬だがほんの少しずつ、浄化しきれない『想い』や『執念』などが蓄積され、数十年に一人、呪い返しを受ける者が出てくる。
桐馬その呪いは華咲かさきが扱う呪いとは別のモノであり、肩代わりのできない代物であった。
桐馬そのような者が現れると、当主から宣告を受ける。
桐馬当主だけが呪いの発現はつげんを感じ取り、その者に手紙でもって告げるのだ。
桐馬
桐馬…そして、私はその手紙を十五になった歳に渡された。
桐馬
桐馬呪いが発現はつげんしてから死に至る期間は曖昧で、それでも十年生きられればいいほうらしい。
桐馬つまり、私は二十五までには死ぬ、という事だ。
桐馬このお告げをきっかけに、私の家族は少しずつ崩壊していった…」
桐馬沙結良さゆらさんは、どう思うかな…」
桐馬M「この事を知ったら。つらい想いをさせてしまうのだろうか。
桐馬沙結良さゆらさんには笑顔でいて欲しい。
桐馬笑って日々を過ごして欲しい…
桐馬そのために、私は沙結良さゆらさんとは深く関わらない方が、きっと良いのだろう。
桐馬そう、頭で分かっていても、沙結良さゆらさんの側で。沙結良さゆらさんのために。『何か』を出来る自分でいたい。
桐馬そんな自分勝手な事を、望んでしまう。
桐馬沙結良さゆらさんが私に心を許せば許す程、彼女の負う悲しみは大きくなる。
桐馬そんな事は、あってはならない。
桐馬…なのに…反面、私の死で打ちのめされるであろう彼女が、とても愛おしく感じてしまうのだ。」
沙結良M「今日、一通のふみが届いた。
沙結良差出人は、藤上ふじがみ家の家長、つまり、桐馬とうまさんのお父上ちちうえだ。
沙結良それが、当主あてに届いたもので、私は少しばかり驚いた。
沙結良何が書かれているのだろうと封を切り、目を通す。」
桐馬(代理として読み上げてください)
桐馬華咲かさき家、当主殿
桐馬略啓、突然のふみに驚かれた事と思います。
桐馬当主殿に、桐馬とうまの事で知っておいて頂きたい事がありました故、筆を取った次第です。
桐馬率直に申し上げて、桐馬とうま華咲かさき家の婿と決まった時、私達家族は心底運命というものを呪いました。
桐馬桐馬とうまと、残り少ない時を共に過ごせないという事、あの子の最期に立ち会えない事を呪いました。
桐馬桐馬とうまは十五の頃、呪い返しのお告げを受けました。
桐馬それから我々家族は、桐馬とうまにとって、より良い人生であったと思えるよう、様々に趣向しゅこうを凝らし、共に生活してきました。
桐馬それが、今や手の届かない場所で生きている桐馬とうまに、私達は何もしてやれません。
桐馬これは決して華咲かさきへの不満というような話ではありません。
桐馬どうか、誤解なさらぬよう、申し上げます。
桐馬当主殿には、どうか桐馬とうまの残り少ないせいを、共に過ごしてやって頂きたいのです。
桐馬手前勝手な願いであることは重々承知の上で、それでも尚、お願いしたいのです。
桐馬どうか、息子を、桐馬とうまを。よろしくお願い致します。』
沙結良M「頭の中が、真っ白になった。
沙結良桐馬とうまさんが呪い返しを受けている?それも、十五の時に。
沙結良呪い返しを受けた者の寿命は、短い。
沙結良十年てばいいほうだとされているが、その実、十年も生きた者などいないのだ。
沙結良桐馬とうまさんは呪い返しを受けてから三年経っている。
沙結良…いつ死んでも、おかしくない。
沙結良なのに。
沙結良何故、桐馬とうまさんはこの事を言ってくれないのだろう…
沙結良私が、幼い子供だから?
沙結良たとえ当主であろうと、呪い返しはく事の出来ぬ呪い。
沙結良この事を桐馬とうまさんに問いただす権利は、確かにあるのだろう。
沙結良当主として。妻として。
沙結良しかし、それは躊躇ためらわれた。
沙結良当主であれど、私は子供だ。そう、ただの子供。どうしようもないほどに。
沙結良
沙結良私はしばらく動けないでいた。」
沙結良N「その日の夕食。」
桐馬「今日も美味しいですね。
桐馬ここへ来てから、毎日の食事が楽しみなんですよ。
桐馬っと…こう言うと誤解されそうですが…
桐馬沙結良さゆらさんと共に食べる食事が、楽しみなんです。」
沙結良M「微笑みながら桐馬とうまさんは言う。」
桐馬「…沙結良さゆらさん?どこか具合でも悪いのですか?
桐馬さっきから箸が進んでいないようですが…」
沙結良「…大丈夫です。すみません、考え事をしていました。」
桐馬「そうですか。
桐馬…食事の時くらい、考えるのはやめましょう。
桐馬眉間にシワができちゃいますよ?」
沙結良M「桐馬とうまさんは笑う。
沙結良
沙結良なんで何も言わないのだろう。言ってくれないのだろう。
沙結良そんな事を考えながら、呪い返しについて、私から話を持ち出す事もできない。
沙結良桐馬とうまさんから話を切り出してくれないかと、そんな考えすら持っている。
沙結良
沙結良これから先、共に過ごすと思っていた人が残り少ない命だなんて…
沙結良そんな、そんなの……!」
桐馬「…沙結良さゆらさん、…沙結良さゆらさん!」
沙結良「………えっ?」
桐馬「…相当お疲れのようですね。今日は早々そうそうに寝てください。
桐馬温かいお茶をお持ちします。ゆっくり眠れるように、おまじないです。」
沙結良M「こんな時ですら、桐馬とうまさんは優しい。
沙結良気遣うべきは私ではなく、自分の体であるはずなのに。」
桐馬沙結良さゆらさん…明日あす、お願いとお話があります。
桐馬聞いてくださいますか?」
沙結良「話、ですか…?」
桐馬明日あす、『例の部屋』へ入れてください。
桐馬そこで、お話したい事があります。」
沙結良「…あの部屋で?」
桐馬「ええ、先代当主との、約束なんです。」
沙結良「先代との、約束…ですか?」
桐馬「はい。詳しくは明日あす、お話しします。
桐馬沙結良さゆらさん…少しだけ、待っててください。
桐馬私を信じてください。」
沙結良M「それは、今、私の頭の中で渦巻く事への言葉なのだろうか…
沙結良私の目を見て話す桐馬とうまさんが儚げで、けれど力強いその瞳に、私は目を逸らせずにいた。」
沙結良N「次の日。」
沙結良M「昨夜はあまり眠る事が出来なかった…
沙結良なんだか胸騒ぎがして、良くない事が起こりそうで…
沙結良
沙結良働かない頭で部屋を出る。」
桐馬沙結良さゆらさん、おはようございます。」
沙結良桐馬とうまさん…」
桐馬「あまり眠れていませんか?
桐馬…私のせいでしょうか?」
沙結良「…いいえ、大丈夫です。」
桐馬沙結良さゆらさん、私を、信じてください。」
沙結良M「力強いその言葉。けれど不安は拭いきれぬまま、例の部屋へと向かった。」
7. 決別
沙結良M「鍵を使って、扉を開ける。」
桐馬沙結良さゆらさんは部屋に入らないでください。」
沙結良「えっ、でも…」
桐馬「お願いします。
桐馬私を、見ていてください。」
沙結良M「そう言うと、桐馬とうまさんは部屋の中央まで進んで、振り返った。」
桐馬「さて…
桐馬昨夜、お話したい事があると言いましたね。
桐馬そのことについて、お話します。
桐馬
桐馬私は、『呪い返し』を受けています。」
沙結良「…っ」
桐馬「…あまり驚かれないのですね。」
沙結良「……えぇ。実は昨日、桐馬とうまさんのご実家から、ふみが届いたの。そこに、書かれていたから…」
桐馬「そうですか…
桐馬(独り言で)あの家は本当に勝手だな…
桐馬
桐馬沙結良さゆらさん、そのふみ、内容は容易に想像できます。
桐馬ですが、今は別の話をしましょう。
桐馬
桐馬私は十五の時、呪い返しを受けたと先代当主から宣告を受けました。
桐馬そのふみには、私個人へ宛てた封筒が別に入っており、中には先代当主がえがいたであろう札と、今日の日付、そして『この部屋で待つ』と、書かれた紙が入っていました。」
沙結良「この部屋で…待つ?」
桐馬「ええ。
桐馬ですがその前に。
桐馬一緒に頂いた札ですが、触れるととても暖かく、守られているようでした。
桐馬恐らく、先代当主が自身の力を込めたものでしょう。
桐馬私はその札を、肌身離さず持ちました。
桐馬きっと、今日まで私を生き伸ばしてくれたのは、この札のおかげでしょう。
桐馬
桐馬そして、私は…………………今日、死ぬ。」
沙結良「そんなっ!!」
桐馬「(穏やかに)沙結良さゆらさん、聞いてください。
桐馬先代当主が、何故このような事をしたのかを。
桐馬次の婿の決定権は先代当主が残す遺書を汲むことが多い。
桐馬では、なぜ『呪い返し』を受けた私を選んだのでしょう?
桐馬…余命のない私を。」
沙結良「…分からないわ…」
桐馬「はい。私も分かりませんでした。
桐馬『この部屋で待つ』という意味も。
桐馬華咲かさきの力で『呪い返し』はどうこう出来るものではないのに。」
沙結良「…」
桐馬「私が命を落とすなら、今日だと言うことは分かっていました。
桐馬そして死が近づいた時、この部屋にある札が、何か関係しているのではないかと考えるようになりました。」
沙結良「札が?」
桐馬「はい。
桐馬沙結良さゆらさん、前に言いましたよね?
桐馬『当主以外の者が札に触れると、呪いが移る』と。」
沙結良「…ええ。」
桐馬「今日死ぬ人間が、ここにある札に触れる。
桐馬すると、呪いは私に移り、共に消し去る事ができる。」
沙結良「そんなことっ!」
桐馬「ええ、つい最近までそう思っていました。
桐馬
桐馬ですが、先代当主は、そのような事を望んでわざわざ私を生かし、ここへ婿として来させたのでしょうか?」
沙結良「…どう言うことか、分からないわ…」
桐馬「これから、お見せします。」
沙結良M「そう言って桐馬とうまさんは、呪いが憑いている札が保管された棚に手をかける。」
沙結良桐馬とうまさんっ!!」
桐馬沙結良さゆらさん。私を信じて、見届けてください。」
沙結良M「…その言葉に、私は動けない。
沙結良動けない私をよそに、桐馬とうまさんは札を一枚、取り出す。
沙結良
沙結良その瞬間。
沙結良
沙結良すべての棚が独りでに開き、納められていた全ての札が部屋中を渦巻きながら舞う。
沙結良
沙結良そして、札の端から火が灯り、燃えてゆく…
沙結良
沙結良パチパチと音を立て燃える札の中心で、桐馬とうまさんは目を瞑り、佇んでいる。
沙結良
沙結良私はその異様な光景に、目を奪われていた。
沙結良
沙結良札は、舞いながらゆっくりと燃え、数十分程すると、全て灰となり、床一面を覆い尽くしていた。」
桐馬「…沙結良さゆらさん…沙結良さゆらさん!」
沙結良M「名前を呼ばれて、私はやっと意識を取り戻す。」
桐馬沙結良さゆらさん。私に…呪いの気配はありますか?」
沙結良M「札が燃え尽きた煤だらけの部屋の中央で、桐馬とうまさんが問いかける。」
沙結良「あ…ええと…」
沙結良M「部屋に保管されていた札の呪いの気配は、既にない。
沙結良視るべきは『呪い返し』の気配。
沙結良呪い返しは発現の際にこそ、その気配を感じ取る事が出来るが、既に発現した者に対しては、注意深く意識を向けないとその存在に気付けない。
沙結良
沙結良急いで桐馬さんに意識を集中する。
沙結良
沙結良…その体は、呪いとは無縁と言わんばかりに、穢れの欠片もない無垢な肉体だった。
沙結良
沙結良人間、生きているだけで大小様々な呪いに触れる。
沙結良しかし今の桐馬とうまさんは、とても『今日死ぬ』者の肉体ではない事に、心底安堵する。
沙結良
沙結良そしてその事実を、私は無意識の内に顔に出していたのだろう。」
桐馬「呪いは、消えたようですね」
沙結良M「煤だらけの桐馬とうまさんが、フッと笑う。」
沙結良「〜〜〜っ!!!
沙結良無事だから良かったものを!!!
沙結良こんなっ!!こんな無茶は!!!
沙結良もう、やめてくださいっ!!!」
沙結良M「私は桐馬とうまさんの元に駆け寄って、そう怒鳴っていた。」
桐馬「あはは…心配をかけました」
沙結良「本当にっ!!
沙結良………はぁ…
沙結良…こうなる事を、知っていたの?」
桐馬「いいえ。ただの、勘です」
沙結良「〜っ!もうっ!!」
桐馬「きっと、先代当主も、賭けだったのでしょう。
桐馬『呪い返し』は祓えぬ呪い…ですからね」
沙結良「心臓に悪いわっ!!
沙結良貴方はいつも!無茶ばかり!!」
桐馬「そうですか?
桐馬でも…心配をかけてしまいました、すみません」
沙結良M「気付けば私は、ボロボロと涙を流していた。」
沙結良「…もう、私に隠し事はしないでくださいっ!!」
桐馬「(優しく)…はい」
沙結良「私の側に居るって!!ずっと側に居るって!!
沙結良そう…言ってたでしょう?
沙結良その約束を…守って…!!」
桐馬「(優しく)…はい」
沙結良「……守って…ください…」
桐馬「ふっ…あはは!!」
沙結良「…なっ!」
桐馬「口調が元に戻っていますよ?」
沙結良「当たり前です!!私は当主ですから!!」
桐馬「…当主ですが、私の妻でもあります。私の前では気を張らないでください。」
沙結良M「そう言って、桐馬とうまさんは自身の胸に私を引き寄せ、優しく涙をすくった。」
沙結良「……桐馬とうまさん…髪が…」
桐馬「え?」
沙結良「髪が、白くなっているわ…」
桐馬M「煤だらけだった私は、その、風呂に入り身なりを整えた。
桐馬『例の部屋』でおこなった事が起因しているのかどうか定かではないが、黒かったはずの私の髪は、すっかり白髪はくはつになっていた。」
沙結良「とても目立つわね」
桐馬「(困惑しながら)ええ…どうにかならないでしょうか…」
沙結良「…ふふっ!いいじゃない?とても綺麗よ?」
桐馬M「沙結良さゆらさんがからかうように笑う。」
桐馬「これなら、当主の沙結良さゆらさんと街へ出掛けても、私ばかりが目立ちますね」
沙結良「貴方の隣に居たら、結局私も見られるじゃない!」
桐馬「いいじゃないですか。面と向かって意見を言えないような輩は、こちらから笑ってやればいい。」
沙結良「…そうね…」
桐馬「私は沙結良さゆらさんの側に、ずっと…ずっと、居ますから」
沙結良「そうして頂戴」
桐馬「それじゃあ」
沙結良M「そう言って差し出された彼の手に、自分の手を重ねる。」
桐馬「出掛けますか、街に。案内してください、沙結良さゆらさん」
沙結良「私もそんなに詳しくはないわ。けれど…」
桐馬「けれど?」
沙結良「貴方と一緒なら、どこにいても楽しそうだと、そう思うの」