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シャッフル居酒屋 第一章 見抜いたのは、どっち?

author作者:ticaryne

初対面のふりは、グラス一杯でほころびる。 席が定期的に入れ替わる、少し変わった店。 その名は、シャッフル居酒屋。 万葉県から来た穏やかな男は、同じ席になった中年男と青年に、ひとつのゲームを持ちかける。 次のシャッフルまでの五分間で、相手の職業を当てる推理ゲーム。 けれど彼が見ていたのは、職業ではなかった。 言葉の内容でも、肩書きでもない。 乾杯のタイミング。 返事までの間。 そして、初対面のふりをした二人の関係性。 会話だけで、どこまで見抜けるか。 静かな居酒屋の片隅で始まる、人間観察ミステリー。

配役
000
予想時間0
文字数4602 文字
本編
シャッフル居酒屋
第一章 見抜いたのは、どっち?
初対面のふりは、グラス一杯でほころびる。
ここは、シャッフル居酒屋。
お客さんの座席が、一定時間ごとにシャッフルされる、ちょっぴり不思議なお店。
ただの相席。
ただの会話。
ただの乾杯。
けれど、人と人との関係は、言葉よりも先に、間に出る。
夜の街の片隅に、その居酒屋はあった。
看板には、柔らかな灯りでこう書かれている。
シャッフル居酒屋。
店の中からは、笑い声とグラスの音が漏れていた。
木のテーブル。小皿。箸。泡の残ったビールグラス。
店内は賑やかだが、不思議とうるさくはない。
その一角に、三人の男が同じ席についていた。
一人は、三十代前半ほどの穏やかな男。
名前は、雨宮。
柔らかい物腰で、人当たりもいい。
けれど、その目だけは、どこか静かに周囲を見ている。
向かいには、四十代ほどの男、黒田。
豪快で、声が大きく、初対面の相手にも物怖じしない。
その隣には、二十代前半ほどの若い男、白石。
少し緊張しているようにも、ただ人見知りなだけのようにも見える。けれど、目の動きは素直だった。
店内に、やわらかなアナウンスが流れた。
「次のシャッフルまで、残り五分です」
黒田が大きく笑って、雨宮と白石を見る。
「初めまして!」
白石も、少しぎこちなく笑った。
「どうも、初めまして!」
雨宮は、柔らかく微笑む。
「こちらこそ。お二人は、仕事終わりですか?」
白石は一瞬だけ目を泳がせた。
「えぇ、そんなところです」
その返事に、黒田は特に反応しない。
ただ、運ばれてきたビールに目を向けた。
「おぉ、ビールが来ましたよ! それじゃあ……」
黒田が勢いよくグラスを持つ。
ほぼ同時に、白石もグラスを持ち上げた。
二人の手の動きは、妙に揃っていた。
初対面の相手と乾杯する時の、わずかな探り合いがない。
どちらが先に出るかを待つ間もない。
まるで、何度も同じタイミングで乾杯してきたように。
「お疲れ様でーす!」
黒田と白石のグラスが、軽く鳴る。
その時、雨宮の手だけが、まだテーブルの上にあった。
雨宮は一拍遅れて、グラスを持ち上げる。
「……あ、お疲れ様です」
雨宮は笑っていた。
ただ、その目は一瞬だけ、黒田と白石の手元に向いていた。
気づいたのか。
それとも、ただ見ただけなのか。
雨宮の表情からは、読み取れない。
しばらくして、雨宮が静かに身を乗り出した。
「あの……もしよかったら、推理ゲームしませんか?」
黒田が眉を上げる。
「何を推理するんだ?」
雨宮は、店内のざわめきを邪魔しない声で答えた。
「次のシャッフルまでの五分間で、相手の職業を当てるゲームです」
白石が前のめりになる。
「何すかそれ?」
雨宮は、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「会話だけで、どこまで見抜けるか」
黒田は腕を組み、面白がるように笑った。
「何となくイメージはできたけど、罰ゲームはあるの?」
雨宮は首を横に振る。
「いいえ」
白石がグラスを置いた。
「ふーん、それなら面白そう!」
黒田が白石を見る。
「こういうの得意そうじゃないな!」
白石は少し胸を張った。
「そんなことないですよ」
そのやりとりを、雨宮は横目で見ていた。
初対面にしては、少しだけ距離が近い。
けれど、雨宮は何も言わない。
ただ、静かに微笑む。
「……それでは、ゲームスタートです」
黒田が最初に口を開いた。
「今日はどちらから来ましたか?」
「万葉県から来ました」
白石が目を丸くする。
「ええ? 電車でもここまで二時間かかるんじゃないですか?」
雨宮は、少しだけ視線を落とした。
「そうなんです」
一拍。
「どうしても、今日中に会いたい方がいまして」
白石は、何気なくつぶやいた。
「万葉県から来た人は初めてかも……」
すぐに、黒田が返す。
「そうだな……珍しいもんな」
雨宮は、黙った。
「……」
グラスの音。
店内のざわめき。
誰かの笑い声。
雨宮は、黒田と白石の顔を見る。
言葉ではない。
返事の間。
反応の速さ。
相手の言葉を受け取る角度。
そこには、初対面だけでは出にくい呼吸があった。
店内に、再びアナウンスが流れる。
「まもなく、シャッフルのお時間です」
黒田が勢いよく言った。
「お! 五分経ったな! 答え合わせに入ってもいいかな?」
白石も軽く手を上げる。
「OKで〜す!」
雨宮は静かに言った。
「答えを変えるのは、なしにしましょう」
黒田が少し声を上げる。
「それを冒頭に言ってよ!」
白石も続く。
「ズルい!」
軽い笑いが起きる。
雨宮も少しだけ笑った。
けれど、その目は穏やかなままだ。
「……少し、面白いことがわかりました」
黒田と白石が、まだ軽い調子で雨宮を見る。
「面白いこと?」
「何がわかったんですか?」
雨宮は、すぐには答えない。
「それは、答え合わせで」
三人の間に、短い沈黙が落ちる。
テーブルの上には、三つのグラス。
小皿。
箸。
少しだけ結露したビール。
黒田が笑って言う。
「じゃあ、いくぞ」
三人が顔を見合わせた。
「せーの!……」
黒田が自信ありげに雨宮を見る。
「大学の先生?」
白石も続ける。
「もしくは弁護士さん?」
雨宮は、静かに首を横に振った。
「いいえ」
そして、少し姿勢を正す。
「では、私の番ですね」
黒田と白石が、雨宮を見る。
雨宮は、言葉の前に一拍置いた。
「お二人は……」
白石の指が、グラスに触れたまま止まる。
黒田の笑みが、わずかに固まる。
雨宮は続けた。
「初対面、ではありませんね」
一瞬。
店内のざわめきが、遠くなったように感じた。
「えぇ!?」
白石のグラスが、わずかに揺れる。
黒田の笑みが消える。
白石が前のめりになった。
「どうして、それがわかったの?」
雨宮はすぐには答えなかった。
席のシャッフルが始まり、店内の客たちが動き出す。
椅子を引く音。
笑い声。
店員の案内する声。
雨宮はグラスを置き、静かに立ち上がる。
「それは……次にお会いできた時に」
人の流れの中へ、雨宮はゆっくりと離れていく。
黒田と白石だけが、その背中を見ていた。
同じ日の昼。
古い雑居ビルの前に、雨宮は立っていた。
階段の上には、小さな看板がある。
黒田探偵事務所。
雨宮は手元の封筒を確認し、階段を上がっていく。
足音が、狭い階段に響く。
やがて、事務所の扉の前に立った。
扉には、札がかかっていた。
外出中。
室内は暗い。
雨宮は、しばらく扉を見つめる。
「……」
封筒を持つ手に、少しだけ力が入る。
そして、小さく息を吐いた。
「出直します」
雨宮は扉の前で軽く一礼するように立ち、階段を下りていく。
夜。
シャッフル居酒屋の看板に灯りがともる。
店内から、笑い声とグラスの音が漏れている。
雨宮は店の前に立ち、その灯りを見上げた。
言葉はない。
ただ、扉を開ける音だけがした。
一週間後。
黒田探偵事務所。
黒田が椅子に腰かけ、満足げに伸びをしていた。
白石は資料かカバンを片付けている。
「いやー、依頼人に猫を引き渡せた! 軽く一杯行くか?」
白石は呆れたように返す。
「またすか?」
黒田は上着を取る。
「いいからさ。この前のシャッフル居酒屋はどうよ?」
白石は少し顔をしかめる。
「あの店? 次はないと思ったんですけどね〜」
その時。
階段から足音が聞こえた。
こつ。
こつ。
こつ。
黒田と白石が、同時にドアを見る。
「来客?」
「さぁ?」
ドアが開く。
そこに立っていたのは、雨宮だった。
居酒屋の時と同じ、穏やかな笑顔。
「やあ、こんにちは」
白石が目を見開く。
「あなたは、シャッフル居酒屋でご一緒だった!」
黒田は、すぐに表情を引き締める。
「どうしてここがわかった?」
雨宮は事務所に一歩入る。
「昼間、一度こちらに伺いました」
黒田と白石が黙る。
「その時は、ご不在でしたので」
白石が少し困惑する。
「昼間……?」
雨宮はうなずく。
「ええ」
そして、手元の封筒を少し持ち直した。
「万葉県から来たのは、そのためです」
黒田が目を細める。
「……それで、夜にあの店で俺たちを?」
「はい」
雨宮は、少しだけ言葉を選ぶ。
「最初は、まさかと思いました」
白石が身を乗り出す。
「それだけ?」
雨宮は首を横に振った。
「いいえ」
雨宮は、静かに言った。
「一週間前のあの夜、お二人は初対面のふりをしていた」
黒田は黙っている。
「……」
言い返さない。
それが、ほとんど答えだった。
雨宮は続ける。
「初対面にしては、返事の間が近すぎました」
雨宮の言葉に、白石の顔が少し固まる。
思い出す。
シャッフル居酒屋。
雨宮が万葉県から来たと言った時。
白石は、何気なく言った。
「万葉県から来た人は初めてかも……」
その直後、黒田が自然に返した。
「そうだな……珍しいもんな」
初対面同士の会話なら、もう少し探り合いがある。
けれど、あの時の黒田と白石には、相手の言葉を待つ呼吸がなかった。
雨宮はさらに続ける。
「それに、乾杯のタイミングも」
もう一つの場面がよみがえる。
黒田がグラスを持った。
ほぼ同時に、白石も持ち上げた。
「お疲れ様でーす!」
黒田と白石のグラスが鳴る。
雨宮の手だけが、一拍遅れていた。
「私より先に、お二人だけが揃っていた」
白石は、言葉を失う。
「そんなところまで……」
雨宮は、穏やかなまま言った。
「言葉だけなら、初対面に見えました」
一拍。
「でも、間は揃っていました」
黒田は黙っている。
白石も、もう軽口を叩けない。
事務所の空気が、少し変わっていた。
白石が、恐る恐る尋ねる。
「あ、あなたは一体……?」
雨宮は答えない。
代わりに、黒田が小さく笑った。
悔しさと、少しの面白がりが混ざった表情だった。
黒田は、机の上のグラスに手を伸ばした。
そして、静かに置く。
カラン。
小さな音が、事務所に響く。
「参ったな」
黒田は雨宮を見る。
さっきまでの、見抜かれた男の顔ではない。
探偵の顔に戻っていた。
「……で、お宅の依頼は何だい?」
雨宮は少し姿勢を正した。
居酒屋での穏やかな客の顔から、依頼人の顔になる。
「今日は、探偵さんにお願いがあって、こちらにお伺いしました」
黒田と白石が、雨宮を見る。
最初は、ただ同じ席になった客同士だった。
今は違う。
探偵と、依頼人。
テーブルの上で、黒田の置いたグラスが小さく揺れる。
やがて、静かに止まった。
——終わり。
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